正礼装の黒留袖に必須の扇子「末広」をご存知でしょうか?
扇子は末広だけでなく数多くの種類があるため、着物に興味を持ちはじめたばかりの頃はどれを選べばいいか迷ってしまいます。
扇子を着物の格式別に選ぶ方法や種類、マナーや指し方などを解説します。
黒留袖を着る前に知っておくべきマナーと基礎知識&お手入れ方法徹底解説
この記事の目次
着物における『扇子』とは?
扇子の先駆けは平安初期の宮廷儀式
日本発祥である扇子の歴史について解説していきます。
平安時代に扇子の原型の檜扇(ひおうぎ)が生まれ、時代のうつり変わりとともに蝙蝠扇(かわほりおうぎ)、扇、扇子へと発展していきました。
扇子は平安時代初期に、文字を書きつけるために使用されていた短冊状の細長い木の板「木簡」から派生します。
当時大変貴重な紙の代わりに、木簡を何枚も綴じあわせたものが記録用として使われました。これが扇子の原型の檜扇(ひおうぎ)といわれています。
公の場で男性が檜扇を使いはじめ、広まるにつれ徐々に女性も宮中で使用するようになりました。
女性の持つ檜扇は衵扇(あこめおおぎ)とよばれ、装飾品として好まれたといいます。
檜扇は平安時代の貴族の礼装に欠かせない必需品となり、礼儀やコミュニケーションの道具としても使われました。
現存する最古の檜扇は、京都・東寺の千手観音像の中から発見されたもので元慶元年(877)と記されています。
蝙蝠扇(かわほりおうぎ)とは竹や木の骨組みの片面に紙を貼った扇です。いつ生まれたのかは不明で、当初は扇骨の数も5本ぐらいの夏用扇子でした。
平安時代に扇を使うことができるのは朝廷貴族もしくは僧侶・神職のみで、庶民の使用は禁止されていました。
鎌倉時代に日本の扇は中国に渡り変化を遂げます。
それまでの日本の扇は片面だけに紙が貼ってありましたが、中国で作られる唐扇には両面に紙が貼られたものでした。
唐扇は日本に逆輸入され、日本でも唐扇にならって両面貼りの扇が日本で作られるようになりました。
室町時代から庶民にも扇子の使用が認められています。武家文化などの影響で能や茶道にも取り入れられ、広く用いられるようになりました。
江戸時代には扇子は庶民の日常生活に普及し必需品となりました。
ここから庶民が暑さしのぎとして扇子を使うようになります。
形も現在と同じ、3枚合わせの地紙に竹の骨を指すように変化しました。
扇子の歴史は平安時代の檜扇からはじまり、時代のうつり変わりとともに蝙蝠扇、扇、現在の扇子へと発展していきました。貴族や神職、武家社会を経て、江戸時代には一般庶民に広まりました。
礼服の扇子は挨拶の礼儀
末広は末に広がることから、発展や繁栄につながる縁起の良い言葉です。そのため祝儀扇のことを末広と呼びます。
結婚式やお祝いなどのフォーマルなシーンで末広は使います。
末広は仰ぎません。
なぜなら末広は相手と自分の間に結界を作り、礼を尽くすための儀式として使う道具だからです。
夏扇子は自由に
夏扇子は唯一仰ぐことのできる扇子になります。
暑さ対策として風を送るための扇子は、全てこの夏扇子になります。
また夏扇子は、夏だけでなく一年を通して使えます。夏扇子は男女兼用などもあり厳密に性差を分けるルールはありません。デザインも豊富なので気に入ったものを選ぶといいでしょう。
夏扇子を仰ぐ最低限のマナーは3つ
・高い位置で仰がない
・早く動かしすぎない
・扇子に香りをつけるなら少量
高い位置で仰いだり、早く動かしたりするのは見た目に美しくありません。
また扇子に香りをつけるのは奥ゆかしいことですが、まわりにその香りを苦手にする人がいるかもしれません。香りをつけるなら少量にしましょう。
フォーマルシーンで使用する扇子
結婚式で着用する黒留袖には黒骨金銀扇面の『末広』
結婚式で黒留袖を着用する場合は、金銀扇面に黒塗りの末広を使います。
使用方法
金の紙面を前(相手側)に向けて指す
帯と帯揚げの間に差し込む
左胸側に上段がやや右胸に向くように指す
扇子の上段は帯から2cm ほど出す
女性が剣の代わりに護身用として身につけていた歴史があるため、刀を差すイメージで帯の左側に挟みます。
作法
挨拶の際には手に持ちます。閉じたままで右手に持ち、右手が上、左手が下手に受けるようにしましょう。おへその前あたりに末広が来ると自然に見えます。
仰がない
なぜなら末広とは相手と自分の間に結界を作り、一段へりくだって相手に礼を尽くすための儀礼的な扇子だからです。
色留袖~準礼装には白骨か赤茶骨の『末広』
色留袖、訪問着、振袖、色無地紋付には黒骨でも白骨や赤茶に塗られた末広でも使えます。
黒留袖以外の末広に厳格なルールはありません。
ただし白骨の金銀扇面の末広は格下扱いになるので、第一礼装の黒留袖と同格の五つ紋の色留袖には使えません。
男性の祝儀扇『白扇』
結婚式の新郎や成人式での紋付袴の写真撮影などに使う、男性礼装用の祝儀扇子のことを白扇と言います。
通常白扇は手に持つものなので、両手を使う場合にだけ着物に指すとよいでしょう。
白扇は袴の下に締めている角帯袴下帯と着物の間に挟みます。
位置は女性と同じ左側にしましょう。
喪服に合わせる『喪扇子』
喪扇子はつや消し黒骨・灰色地紙の扇子が一般的です。
煤竹に黒色や薄緑色の地紙、般若心経を書いた扇子もあります。
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通過儀礼で使用する『祝儀扇』
七五三・五歳には男児用『白扇』
七五三に使う男児用白扇は、成人男性用の白扇のミニサイズ版になります。
帯と袴の間に挟みます。
お子さんがふざけて開け閉めしがちなので、白扇が壊れないように注意しましょう。
七五三・七歳には女児用白塗りの『末広』
七五三の七歳女児には女児用の白骨の末広を使いましょう。
サイズは大人用よりも短く、紅白の房が付いています。
帯と帯締めの間に挟んで飾ります。
成人式や披露宴の振袖には華やかな『末広』
成人式や披露宴の振袖にあわせる末広は、色留袖〜準礼装の選び方と同じです。黒骨や白骨、赤茶に塗られた末広を選びます。
華やかなデザインを選ぶとお祝いにふさわしいでしょう。
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花嫁衣装には白骨金銀扇面に白房の『花嫁用祝儀扇』
白骨に房のついた金銀扇面の扇子は花嫁用です。
手に持つ場合、扇子の向きは親骨を上にして右手の人差し指をそっと添えます。
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茶道の流派で変わる『茶扇子』
茶扇子とは茶道で使う扇子です。
表千家や裏千家など多くの流派がある茶道では、使用する茶扇子にも違いがあります。
※お茶の先生によって考え方は異なるため、あくまでも一般論としてご覧ください。
表千家の茶扇子
表千家の茶扇子は男女とも6.5寸です。
使い方
扇子は常に手に握っているか、畳の上に置きます。
茶室に入るときや挨拶するとき、道具を拝見するときは、膝の前に扇子を置いて扇子と膝の間に両手をついて挨拶や拝見をしましょう。
扇子を自分と相手との間に置いて結界を作り、相手に対しへりくだることで敬いの態度を表します。
裏千家の茶扇子
裏千家の茶扇子は女性が5寸、男性が6寸です。
使い方
挨拶のときや床の拝見のときなどに自分の前に置き、結界を作ります。
使わないときは左腰に指しましょう。
扇子は親指と人差し指で挟み、他の指は添えるようにして持ちます。握らないように注意しましょう。
踊りや舞台で使用する『舞扇子』
日舞で使用する『舞扇子』
舞扇子とは日本舞踊に用いられる扇子のこと。
材質や骨の数は通常の扇子と同じです。
しかし日舞では舞扇子を投げたり、指で挟んでまわしたりする要返しなどの動作があるため、扱いやすいよう要の部分に鉛が仕込んであります。
また耐久性を上げるため、親骨と紙は糸で結ばれ強化されています。
扇面は無地のものや各流派の流紋をデザインしたものがあり、舞台用には演目にそった絵を描いたものが使われます。
なお日舞では必ず舞扇子が用いられるわけではなく、中啓や軍扇など他の扇子が用いられる演目もあります。
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能の舞台に映える『仕舞扇』
能の扇子には、仕舞扇と中啓の2種類があります。
仕舞扇とは通常の折りたたみ式の扇子のことで、常の扇、鎮扇(しずめおうぎ)、鎮折扇(しずめおりおうぎ)ともいいます。
中啓とは閉じた状態で扇の先がイチョウの葉のように開いている扇のこと。
能では立方から囃子方、後見、 地謡に至るまで全ての演者が扇を携えています。
能の立方は素袍上下を着用した場合に仕舞扇を持ち、それ以外の役では中啓を持ちます。
狂言ではほとんどの役は仕舞扇を用い、中啓を使うのはまれ。
舞囃子や仕舞などの簡略化された上演形式の際はどの役も仕舞扇を用います。
仕舞扇の色柄は流儀の決まり模様をはじめ、曲の趣や季節に応じて選ばれます。
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舞台や家庭のインテリアとして『飾り扇』
飾り扇とは飾るための扇子で、通常の扇子よりも大きいのが特徴。
リビングや床の間、玄関など家庭のインテリアとして飾ります。
正月など季節の行事にあわせて飾り扇をしつらえるとよいでしょう。
日舞の舞扇子や能の仕舞扇も、飾り扇として使われることがあります。
また海外へのお土産や結婚式などのプレゼントとしても喜ばれます。
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納涼使用の仰げる『夏扇子』
仰いで涼をとるための扇子は、全てこの夏扇子になります。
素材で選ぶ
紙製
メリット
多くの風が出る
見ためがいい
少し短かめに作られた扇子の骨組みは、しなりやすく多くの風を生み出すことから涼を感じやすいでしょう。
扇子の両面が紙で貼られているため中骨が隠れ、見栄えがいいのもメリットです。
一方、水に弱いことがデメリットなので天気や取り扱いに注意しましょう。
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布製
メリット
涼しげな見ため
薄い布で貼られているため、涼しげな見ためです。
デメリット
風量が少ない
耐久性が低い
薄い布を片面貼りしているため、風を送る量は少なくなります。
また片面張りは耐久性が低く、使用期間は2年ほどです。
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扇骨で選ぶ
本数
扇子の強度は扇骨の本数で変わります。
扇骨の本数のことを間数といい、間数が多いほど強度は高くなります。
扇子の間数は8〜60本と様々で、たとえば京扇子は25〜35本、江戸扇子は15本〜18本です。
素材
竹とアルミの素材があります。
竹素材の場合は孟宗竹が多く使われます。
肉厚で平らなものほど良いとされ、よくしなり優しい風が生まれます。
手になじむので仰ぎやすく持ちやすいのが特徴。
竹の色によって白竹、墨染竹、唐木染竹と呼びます。
白竹は竹本来の爽やかな色、墨染竹はモダン、濃い茶色の唐木染竹は落ちついた色合いです。
アルミはシックなデザインが多くクールな印象なので、和装だけでなく洋装にも使えます。
軽くて丈夫な金属なので長期間使えるのが特徴。
扇子の保管方法
扇子はデリケートです。
直射日光の当たらない、湿度が低く風通しの良い場所に扇子を保管しましょう。
保管に注意すべき理由
変色:紫外線や色うつりによる
カビ:竹素材にはカビが生えやすい
変形:温度や湿度、無理な力が加わると扇骨が変形する
紙素材の場合湿度によって膨らみ変形する
割れ:紫外線や急激な湿度の変化により竹素材の場合割れることがある
扇子の痛む原因はいろいろあるため、保管には十分注意してください。
型崩れ防止のため箱で保管
扇子を長持ちさせたい場合、型崩れ防止のため箱で保管することをおすすめします。
購入時の箱や専用の桐の箱にしまうとよいでしょう。
桐には湿度を防ぐ特徴があります。
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扇子袋を活用
扇子を帯に指さずに持ち運ぶ場合や普段使いによく使う場合は、扱いやすい扇子袋がおすすめです。
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まとめ
黒留袖の必需品である黒骨の末広は、数ある扇子のなかの一つ。
その他にもお祝いや茶道、日舞や能など様々なシーンで扇子は使われています。
ほとんどの扇子は仰げませんが、夏扇子は唯一仰ぐことができ、年間を通して使えるのが特徴です。コンパクトで持ち運びやすいので、涼をとるために扇子を開く機会も多いでしょう。
季節にあわせてお好みの扇子を選び、コーディネートをワンランク上にしてみてはいかがでしょうか。
黒留袖を着る前に知っておくべきマナーと基礎知識&お手入れ方法徹底解説
【参照URL】
扇子の歴史
仕舞扇・中啓
布扇子・紙扇子のちがい
扇骨