古くから養蚕が盛んで、朝廷へ多くの生糸を納めていたことから「蚕の国」と呼ばれた信州長野。
生糸にできない屑繭を紬糸にし、家庭の傍で織っていたことに端を発し徐々にブランド化していったのが「信州紬」です。
信州紬は信州で織られた紬の総称ですが、具体的に
・信州紬と認められる条件
・信州紬に関する証紙
・信州紬の歴史
など、「信州紬ってなに?」という疑問を解決していきます。
実際に信州紬の着物をレンタルして街歩きをしたり、工房見学や機織体験のできる工房も紹介しますので、信州を訪れた際には是非立ち寄ってみてくださいね。
この記事の目次
信州紬とは?特徴と定義
信州長野県の上田市、飯田市、松本市、岡谷市、駒ケ根市周辺などで生産されている絹織物の総称を「信州紬」といいます。
各地域で特色があり、「上田紬」「飯田紬」「伊那紬」など地域名をとって呼ばれることも多く「信州紬のひとつ、上田紬」などと言われます。
そのため厳密には信州紬という着物は存在しません。
(車でいうところの、「TOYOTA」という車種がないようなものです。)
伝統的工芸品「信州紬」の定義
長野県織物工業組合によって管理される信州紬は昭和50年2月17日に指定を受けましたが、以下の指定要項をクリアした織物のみが国の伝統的工芸品「信州紬」を名乗れるようになります。
技術・技法
1
次の技術又は技法により製織されたかすり織物又はしま織物若しくはこれに類する織物とすること。
(1)先染めの平織りとすること。
(2)たて糸に使用する糸は生糸(山繭糸を含む。)、玉糸又は真綿の手つむぎ糸とし、よこ糸に使用する糸は玉糸又は真綿の手つむぎ糸とすること。
(3)よこ糸の打ち込みには、「手投杼」を用いること。
2
かすり糸の染色法は、「手くくり」によること。
原材料
使用する糸は、生糸(山繭糸を含む)、玉糸又は真綿の手つむぎ糸とすること。
伝統的工芸品の証「伝産マーク」とは?
参照元:伝統的工芸品産業振興協会
伝統的工芸品に指定された織物に品質保証として付与されるのがこの「伝統マーク(伝産マーク)」です。
経済産業大臣指定伝統的工芸品のシンボルマークで、申請のうえ下記の要項を満たしたと判断された工芸品のみが表示を認められます。
1:主として日常生活で使われるもの
2:製造過程の主要部分が手作り
3:100年間以上継続された伝統的技術または技法によって製造
4:伝統的に使用されてきた原材料
5:一定の地域で産地を形成
信州紬はこの要項をクリアし、昭和50年2月17日に伝統的工芸品に指定されました。
「信州紬」の証紙
こちらは上田紬の生産工房である小岩井紬工房で織られた信州紬で、全部で4枚の証紙が貼ってあります。
左から
①小岩井紬工房の証紙(生産工房の証紙)
②伝統マーク
③信州紬の証紙
④上田紬織物協同組合の六文銭マーク(上田紬の証紙)
となっており、これらの証紙が示すこの反物の正体は…
国の伝統的工芸品指定を受けた信州紬で、小岩井紬工房産の上田紬となります。
ややこしいですが、それぞれ織物の品質管理のために必要な証紙ですね。
信州紬の特徴
産地ごとに豊かな個性を持つ信州紬ですが、共通した特徴でいうと
・身近に自生する植物染料による草木染が主流
・縞や格子、絣などシンプルで民芸的な柄
・手紡ぎ糸を用いているため素朴であたたかな風合い
などが挙げられます。
信州紬の中でも個性的な松本地方の山繭紬は、100%天蚕糸で織る信州紬だけの特産品です。
信州紬の種類
信州紬に含まれる紬の種類について、今回は代表的な4つの産地で織られる紬を紹介します。
※他にも有明紬(あづみの紬)、絁紬、絓紬などがありますが割愛します。
上田紬
江戸時代に信州紬の中で最も有名だった紬の着物が、「上田紬」です。
江戸前期、井原西鶴が貞享5年に発刊した「日本永代蔵」の中でも「上田縞」として登場しており当時の人気がうかがえます。
経糸に用いる生糸はしっとりとした光沢感とすべすべした風合い、緯糸に用いる真綿糸はほっこりした暖かい風合いがあり、組み合わせて織り上げるためそれぞれの糸の特徴が風合いに表れ、縞や格子柄を基調としています。
上田紬いちばんの特徴は、裏地を三回取り変えるほど着込んでも破れず着続けられるというたとえを意味する別名「三裏縞」「三裏紬」と呼ばれるほどの丈夫さです。
戦国武将真田家に深く関係する着物でもあることから「真田幸村のように丈夫だ」とも言われます。
上田紬織物協同組合
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飯田紬
上田紬の発展を機に生産が始まったのが「飯田紬」です。
飯田紬は山野に自生する植物を用いた100%草木染のやさしい色合いと素朴な風合いが特徴で、柔らかく味わいのある格子柄は「飯田格子」と親しまれています。
強靱な上田紬は真田織の技法と同じく打ち込みによってその丈夫さを出しますが、飯田紬は真綿本来の柔らかい風合いを活かし、経糸は極限までたゆませながら打ち込みます。
この一手間で生地に凹凸感を生み出し、空気を含んだ柔らかい風合いに仕上がるのです。
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かつては30軒以上あった飯田紬の生産工房も、現在は飯田市内に構える「廣瀬草木染織工芸」が唯一の織り元となっています。
伊那紬
天竜川の流域に位置する伊那谷では江戸前期、紬糸を生産して出荷していましたが上田紬などの発展を見て江戸後期には「伊那紬」としてブランドを確立します。
伊那紬は太さの違う糸や節くれた糸を組み合わせるのが特徴で、織り上がった伊那紬は上田紬に比べて柔らかく素朴で、丈夫でありながら滑らかな生地になるのです。
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1970年代には県内に120軒ほどの伊那紬の生産工房があったそうですが、現在では駒ケ根市に構える1910年創業の「久保田織染工業」が唯一の織り元となってしまいました。
現在は着物だけでなくカードケースやストールなどの小物類も人気で久保田織染工業でしか生産されていないため、気になる方は早めに手に入れるのがおすすめです。
松本紬(山繭紬)
長野県松本市で織られている「松本紬」は飯田紬や伊那紬と似た風合いですが、特筆するべきは松本紬に属する「山繭紬」です。
緑色の繭を作る「天蚕(やまこ)」から繰った糸を原料に使っており、非常に軽く着やすい反面、親・子・孫の三代にわたって着られるほど丈夫だと言われています。
天蚕糸は白みがかった半透明の色としなやかさ、強度が特徴で「繊維のダイヤモンド」と謳われており、野生の繭から紡ぐため飼育が難しく非常に希少価値の高い糸です。
その性質から染色が非常に難しいといわれており、多くは織物の一部分やストール、ネクタイなどの小物に用いられることが多いのですが、贅沢に着物一反に糸を使用した山繭紬は信州だけの特産品です。
信州紬の歴史
古くから養蚕が盛んだった信州では農家で屑繭から糸を紡ぎ、自家用の衣類を織ってきたのが信州紬の起源といわれていますがはじまりはいつの時代だったのでしょうか。
信州紬のはじまりと、現代に至るまでの変遷を紐解いていきましょう。
奈良時代:蚕の国の「あしぎぬ」
信州紬の起源は古代の日本に存在した絹織物の一種「絁(あしぎぬ)」で、奈良の正倉院に現存しており、『日本書紀』では「ふとぎぬ」、『和名類聚抄』では「あしぎぬ」と記されています。
粗悪な絹のことを「悪しき絹」とし「あしぎぬ」と指すともいわれていますが、正倉院に残るあしぎぬは粗悪なものとは言えないため議論の余地があるようです。
江戸時代:幻の糸「天蚕」
信州では古くから養蚕業が盛んでしたが、江戸時代初期頃は絹織物の原料である生糸はほとんど中国からの輸入に頼っていました。
そこで財政立て直しのために信州の各藩が養蚕を産業として奨励し、農家の副業として始まった織物の生産が信州紬の始まりでした。
信州紬ならではの「山繭紬」「天蚕紬」の元となる繊維のダイヤモンド・天蚕糸を生み出す野生のおカイコさん「天蚕」の山つけ飼育は、江戸時代中期の安曇野ではじまりました。
しかし天蚕の飼育は非常に難しいもので、労力のわりに糸の採取量も少なく稀少価値の高い糸となります。
第二次世界大戦の影響で天蚕糸の出荷は途絶え、幻の糸と呼ばれていましたが戦後の復興から大切に守り続けられています。
規制の中でも許された庶民の着物
江戸時代には徳川幕府による奢侈禁止令で衣服の規制が厳しく、庶民が絹織物を身につけることはできませんでしたが、紬は屑繭から成る織物で生糸ではなかったために容認されていました。
信州の山に自生する草木を使って染め上げた味わい深い光沢、丈夫で長持ちする信州の紬は、町人や商人のみならず武家の奥方にも人気の品となり、大正時代まで盛り上がりを見せました。
伝統的工芸品ブランド『信州紬』として継承
1923年の関東大震災を機に衰退していった信州紬ですが、各地域でそれぞれ大切に受け継がれ1975年に伝統的工芸品の「信州紬」として結集し、伝統を受け継ぎながらも新たな魅力を追求しています。
現代では着物や帯の生地として主に生産されていますが、他にも日常的に使いやすいストールやネクタイなど小物の制作にも力を入れていますので信州紬をまずは小物類から取り入れるのもおすすめです。
小岩井紬工房 信州上田紬ストール
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【ふるさと納税】伊那紬ネクタイ
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信州紬の製造工程
前述したように信州紬は各産地によって特徴や風合いも変わり、製造工程も異なりますが、基本的な信州紬の作り方を解説します。
煮繭・精練
玉繭などを綿地の袋に入れ、わら灰の上澄液(灰汁)を煮た釜の中で煮繭し、異物などよけいなものを取り除きます。
灰汁以外にもソーダ灰、亜硫酸ソーダ、結晶炭酸ソーダを溶かした液など様々で、一時期灰汁による精練は廃れましたが1950年頃から見直され復活しました。
灰汁による精練はわら灰に含まれているカリウムなどが繊維に吸着されるので、優美な光沢が出て腰のある織物になり、絹独特の擦れる音「絹鳴り」が鳴るようになります。
真綿づくり
精錬された繭を、手の指先で拡げて袋のような形にした真綿、木枠にかけてつくる角真綿などがあり、真綿の質の良し悪しは原料繭の選繭と配合に関係します。
生繭からの真綿は引きがあって真綿紬には最良で、真綿のでき具合が手紡ぎ糸の品質を決めてしまいます。
手紡
フライヤー式の手紡機で真綿から糸を紡いでいきます。
機械で紡ぐと簡単で太さの均一な糸に仕上がりますが、職人の手で優しくつむいでいく手紡ぎ糸は太さの微妙な違いから真綿紬の味がよく出る風合いに仕上がりになり、真綿紬としての魅力を引き上げます。
手作業で糸を紡いでいく手紡ぎ糸は熟練者が丸一日、休みなく紡いだとしても200g程度の糸が精いっぱいと言われており、一反の着物を織り上げるための糸を紡ぐのに約60日程の工数が必要です。
染色
信州は自然豊かな地形で、山に自生する多種多様の植物を使って四季に応じた天然染料による草木染めがメインですが、現在は化学染料染めも用いられます。
天然染料は自然のものから染料を取る為、同じ品種の植物でも季節や個体によって色の出方は変わります。
そのため染色は二度と同じ色を作り上げることは不可能で、すべての色、作品が一点ものになるのです。
松本地方の天蚕糸は色の定着や染が非常に難易度が高いため多くは織物の一部分やストール、ネクタイなどの小物に用いられることが多いのですが、信州だけの特産品である山繭紬は贅沢に着物一反に糸を使用しています。
製織
信州紬は高機(たかはた)による手織りが行われています。
足元の踏木を踏んで縦糸を開いたら、片手で杼(ひ)を投げ入れて反対側まで糸を通します。
片方の手で杼を受け止めたら踏木を踏んで縦糸を閉止させると同時に筬打ち(おさうち)をします。
これらの動きを1セットとし、繰り返していくことで一反の生地を織り上げるのです。
高機は居座機に対して腰の位置が高くなっていることからその名が付けられ、近世中期ごろから絹、木綿の全国普及と共に各地へ伝わったとされています。
信州紬を見学・体験するには?
長野県内には信州紬の歴史背景を学べる博物館から技術体験、着物レンタルなど学び・触れ合いの場が多くあります。
施設によって大人はもちろん子供が楽しめる工夫がされていますので、家族で訪れるのもおすすめです。
各施設、予約情報や営業時間など変動する可能性がありますので詳しくは公式ホームページをご覧ください。
駒ヶ根シルクミュージアム
信州伊那谷で養蚕・製糸業を長い間担ってきた組合製糸「龍水社」が1997年に幕を下ろした際に「今までの歴史・遺産を何らかの形で後世に伝承するための記念館を建設したい」との想いから養蚕文化の歴史や技術体験のできる広域総合交流促進施設としてオープンしたのが「駒ケ根シルクミュージアム」です。
生育段階を通して生きたおカイコさんを観察でき、体験工房ではまゆクラフトや染色、糸繰り体験、機織体験など様々な技術体験を楽しめます。
着物の着付け体験では伊那紬を着て街歩きを楽しめる着物レンタルが2,500円で楽しめますので、旅行で信州長野を訪れた際にはプランに組み込むのもおすすめです。
【施設情報】
所在地:長野県駒ヶ根市東伊那482番地
電話番号:0265-81-8750
開館時間:
<4月~11月> 9:00~17:00(展示室最終受付16:30)
<12月~3月> 9:00~16:30(展示室最終受付16:00)
※体験受付(通年)9:00~15:00
休館日:水曜日
岡谷蚕糸博物館/シルクファクトおかや
製糸工場併設の博物館「岡谷蚕糸博物館」では、全国で唯一の製糸機械類を展示しています。
明治5年創業当時の官営富岡製糸場で稼動し、唯一残されているフランス式繰糸機や、武居代次郎が開発した諏訪式繰糸機など、日本を世界一の生糸生産国にした歴史的価値の非常に高い製糸機械類を見られるのはここだけです。
実際に日本古来の上州式繰糸機が稼働している様子の見学ができたり、着物の原料となる糸を吐く蚕の育つ様子や繭づくりの観察もできるため子供でも楽しめます。
定期的に様々なワークショップを開催しており、養蚕~製糸~製品化までを一年かけて体験する「おかやシルク次世代担い手育成プログラム」など後継者育成にも力を入れています。
【施設情報】
所在地:長野県岡谷市郷田1-4-8
電話番号:0266-23-3489
開館時間:9:00~17:00
休館日:水曜日
[アクセス情報]
JR中央本線 岡谷駅下車、徒歩20分
小岩井紬工房
「長い時間織りを楽しめたら・・・」というお客様の声から生まれたのが、小岩井紬工房の「織りの休日倶楽部」です。
2015年から始まった上田紬シルク100%のストールを織るワークショップで、3月頃~11月頃まで月1回ほどのペースで開催しています。
午前10時開始で、1日で完成するのか不安な方が多いそうですがほとんどの方が17時頃には織り上げているそうで、長引いても18時まで延長が可能なので自分のペースで機織体験を楽しめます。
参加費は9,800円(税込)で一日がかりなためお弁当や飲み物、15時のおやつも付いており、機織体験と同時に信州上田のグルメも楽しめますよ。
他に40分程度で完成する花瓶敷織り体験(2,500円)や工房見学も可能なので気になる方は問い合わせてみてください。
【工房情報】
所在地:長野県上田市上塩尻40
TEL:(0268)22-1927
趣味のきもの ゆたかや
上田市を代表する上田紬を体験するなら、長野県上田市に構える呉服屋「趣味のきもの ゆたかや」の上田紬レンタルプランがおすすめです。
通常の着物レンタルショップで正絹の着物自体取り扱いが珍しいのですが、こちらの店舗では上田紬の美しさや着心地を実際に着用して街歩きを楽しんで欲しいという想いからレンタルに取り組んでいるそうです。
上田紬着物・襦袢・名古屋帯または半幅帯・足袋・草履・巾着・着付け小物と、レンタルして街へ出るために必要なものがすべてセットで着付けもついた安心プランが4,400円(税込)~利用できます。
信州上田を訪れた際には是非体験してみてください。
【関連記事】
【店舗情報】
所在地:長野県上田市中央2丁目2番16号
電話番号:0268-24-5298
営業時間:9:00 ~ 17:00(返却17:00迄)
まとめ
「絹の国」代表ともいえる蚕都上田を含む信州長野。
信州紬と一口に言っても、産地ごとの特色やこだわりがあり熱意をもって生産に取り組んでいます。
情報発信が簡単にできる現代、YouTubeなどのSNSで着物や工房の魅力を発信する産地が徐々に増えていますが、着物はその高い技術や熱意が伝わりにくいからこそ発信している産地が光ります。
今後も信州紬のブランド力向上と「らしさ」を追い求めた進化から目が離せません。
信州紬について更に詳しく知りたい方は、是非着物レンタルや工房見学を活用して造詣を深めてください。
紹介した工房・ショップ一覧
駒ヶ根シルクミュージアム
岡谷蚕糸博物館/シルクファクトおかや
小岩井紬工房
趣味のきもの ゆたかや
紹介した商品一覧
小岩井紬工房 信州上田紬ストール
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【ふるさと納税】伊那紬ネクタイ
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