植物文様や自然文様と異なり、人間の手が加わった道具類をモチーフとした器物文様。
平安貴族が発祥となる「王朝文様」も器物文様の一部であり、古き良き時代の宮廷生活に憧れた庶民の手によって広く親しまれるようになった意匠も多くあります。
今回は、季節を問わず着用することができる、典雅な魅力あふれる器物文様についてご紹介いたします。
器物文様とは
器物文様は、主に道具をモチーフにした文様のことを指します。
桃山時代から多用されるようになり、江戸時代にはモチーフの種類も増加し、広く愛用されるようになりました。
江戸時代に器物文様が盛んになった背景には、友禅染の登場により、こまやかな絵画的表現が可能になったことが挙げられます。
食器や生活用具などのほか、楽器や装身具、遊具、工具や建具、武具および宗教用の道具などがあり、歌や源氏物語を象徴する柄行などもあります。
器物文様はそれ単体で描かれるほか、季節の植物文様などと組み合わせることもあります。
王朝文様とは
平安時代の宮廷人の暮らしや、源氏物語などの文学作品をモチーフにした文様を「王朝文様」と言います。
雅やかな王朝への憧れから、江戸時代以降には吉祥の意味も込められて描かれるようになりました。
平安貴族の生活を彩った調度品や道具の意匠からは、優美かつ華やかな雰囲気が伝わるため、晴れ着や婚礼衣装にぴったりの柄行です。
身に着けているだけで、和歌の世界に入り込んだような典雅な趣を感じられることでしょう。
代表的な器物文様を解説
扇
扇は、広げると末広がりの形をしていることから繁盛、発展、開運の象徴としておめでたい文様のひとつと言われています。その形状から「末広(すえひろ)」と呼ばれることもあります。
扇面文様、扇子文様と表現されることもあり、扇の中に季節の草花や幾何学、吉祥のモチーフなどさまざまな絵を描き込むことができます。
また、扇の骨組みに張る紙を地紙と言い、地紙を象った意匠は地紙文様と呼ばれます。
扇は平安貴族に愛されたアイテムであり、扇合わせや投扇興といった勝負事や遊びにも用いられました。
広げた形状だけでなく閉じた形で描かれることもあり、飾り紐が付いた華やかな檜扇文様、流水に扇を流した扇流し文様なども存在します。
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熨斗
あわびを薄くはいで引き伸ばし、乾燥させた「のしあわび」が由来となり、吉祥のモチーフとして扱われるようになったのが「熨斗」です。
のしあわびはもともと進物に添えるものであり、現在でも名残として熨斗袋にその模様が描かれています。
熨斗は細長く帯状の形をしており、さらにそれを複数束ねて描いたものを「束ね熨斗」と呼びます。
束ねられてたわみ、躍動的で流れるようなシルエットを描く束ね熨斗は、大胆でのびやかな構図が好まれ、振袖や留袖、訪問着といった礼装に多く用いられています。
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楽器
古くから、楽器は神事や祭事に用いられ、貴族の嗜みとして重宝されたこともあり、文様としてその美しい形が表現されてきました。
音色が大きく鳴り響くことから、物事が「良く成る(鳴る)」ことの願掛けにもなり、能装束などの意匠にも楽器文様が多く描かれています。
琴
雅楽で用いられる琴(筝)を意匠化した文様。
細長いシルエットが印象的なため、単体で図案化されることもあります。
音の高低を調節するための「琴柱(ことじ)」という道具が文様として描かれることもあり、特に斧琴菊(よきこときく)文様は歌舞伎文様のひとつとして三代目尾上菊五郎に愛用されたと言われています。
鼓(つづみ)
打楽器のひとつである鼓は、能楽や歌舞伎の囃子でよく用いられ、楽器文様の中でも特にポピュラーなものです。
鼓の革を張るために用いる紐は「調緒(しらべお)」と呼ばれ、鼓文様では特に華やかに、躍動的に描かれることの多いパーツです。
楽器尽くし
あらゆる楽器を集め、散らして文様化したものを「楽器尽くし」と言います。鼓や琴のほか、横笛や琵琶などの古典楽器が多く描かれます。
個性的な形を描いた楽器尽くしは見た目にも楽しく、室町時代以降は着物以外に絵画などにも用いられるようになり、モチーフとして発展していったと言われています。
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車
平安貴族が宮廷に出入りする際、乗っていた車を「御所車」と呼び、その乗り物を意匠化したのが「御所車文様」です。
御所車は牛車の別名でもありますが、文様として描く場合は牛を省き、御所解文様や草花と共に華やかに表現されます。
また、源氏物語の世界観を反映して、御所車を「源氏車」と言い表すこともあります。
源氏車文様は、御所車の車輪のみを描いたものを指し、車輪文様とも呼ばれます。
源氏の名をつけることで高貴な印象を与え、家紋としても用いられてきました。
能装束や小袖などに描かれたほか、現在でも留袖や訪問着などの礼装によく使用される文様のひとつです。
さらに、川の水に浸かった車輪を描いた「片輪車」という文様もあります。
牛車の車輪は木製で、乾燥するとひび割れたり劣化したりするおそれがあったので、使わない日は水に浸しておく習慣がありました。その光景を文様化したもので、流水文様などと共に描かれることが多いモチーフです。
車文様は、車輪が回転する様子から「輪廻転生」や物事が「好転する」ことの象徴とされ、縁起物として扱われています。
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源氏香
源氏香は、平安時代に宮廷で流行した遊びのひとつ、香合わせ(組香)にちなんだ文様を指します。
五種類の香木を五包ずつ、合計二十五包用意し、その中から選びとった五包の香を焚いて、香りを嗅ぎ分ける遊びです。
香を聞いた(嗅いだ)結果は、五本の縦線を描いた紙に記します。例えば、一番目と三番目が同じ香りだと思ったら一本目と三本目の線を横線で結びます。五本の線を繋いだ図はそれぞれ、源氏物語の巻名にちなんだ名がついており、その名前を言って答え合わせをします。
広く愛された源氏物語の名を冠する源氏香の意匠は、直線の組み合わせというシンプルなデザインながら知性と風雅な趣が感じられ、人気の文様として親しまれてきました。
源氏香単体で描かれるほか、源氏物語の各巻を象徴するモチーフや季節の草花と共に描かれることもあります。
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代表的な王朝文様を解説
貝桶
貝桶は、蛤の貝殻を入れるための六角柱あるいは八角柱の形をした器です。フタを閉めることができる箱型の器で、脚付きのものもあり、多くは美しい蒔絵や房飾りなどの装飾がほどこされています。
蛤の貝殻は平安貴族の間で流行した「貝合わせ」に用いるもの。蛤は同じ貝殻同士でないとぴったり合わさることがないため、貝殻の内側に二枚一組の絵を描き、トランプの神経衰弱のように対となる貝殻を当てる遊びを「貝合わせ」と言いました。
他の貝殻とは合わないという二枚貝の特徴から、貝合わせや貝桶は男女の契りの象徴とされ、嫁入り道具のひとつとして数えられてきました。
現在でも、ひな祭りで飾るおひなさまの道具として用いられています。
婚礼にちなんだ意匠であることからか、打出の小槌などの宝尽くしのモチーフや吉祥の花々と共に、華やぎに満ちた絵柄で表されることの多い文様です。
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御簾
御簾とは平安時代、貴族が住まう寝殿造りの部屋において庇(ひさし)の間にかけた装飾的な簾(すだれ)のことを指します。牛車にかけて、日よけとして用いられることもありました。
御簾の継ぎ目には美しい布や糸が使われていたため、王朝を思わせる豪華な文様として江戸時代以降に広まったと言われています。
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几帳
几帳は、パーテーションのように室内を仕切る道具で、衝立式の柱に横木をわたし、布の布の帳(とばり)をかけたものです。
御簾と同じく、平安貴族の住まいにおいて目隠しや風よけとして用いられました。
源氏物語絵巻にもよく登場するモチーフであり、帳の中に花鳥の意匠などを込めてより華やかに描かれることもあります。
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御所解
御所解文様は風景文様の一種であり、御所車や几帳などの王朝を連想させる器物文様と、草花や自然風景をあわせたものです。
江戸時代中期から後期にかけて小袖に描かれることの多かった文様で、華麗で大胆な雰囲気を演出するのにぴったりの柄行です。
<自然・風景文様の記事はこちら>
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器物文様のおすすめ着用シーン
礼装向け
貴族が用いていた典雅な王朝文様は、特に礼装にぴったりです。
振袖などは特に、あでやかでぱっと目を惹く色柄のものが多く、大胆かつのびやかな柄付けの御所解文様などがよく合います。
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淡い色の着物が多い印象の、訪問着や付け下げ。淡い色味の着物にはつい締め色を使いたくなりますが、あえて同系色の帯を合わせると、コーディネートに統一感が生まれます。
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ややくすみのある色の着物と帯を組み合わせ、帯締めやバッグで金銀の煌めきを差し込むのも現代らしくて素敵ですね。
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淡い色同士の組み合わせだと、顔の印象がぼやけてしまいそう…という場合は、金彩のほどこされた白系の帯を合わせると、ぐっと華やぎが増します。
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一方、黒などのシックな濃い色の礼装も、華やかすぎると浮いてしまうフォーマルシーンでの装いとして重宝します。
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濃い色の着物の場合も、文様や地色の色味と近いデザインの帯を選ぶと、まず間違いがありません。
刺繍や金彩がたっぷりの華やかな柄行ならそのような帯を、控えめな柄付けならば色味を抑えた帯を選ぶと印象がちぐはぐになりません。
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また、着物と帯でモチーフをリンクさせるのもひとつのアイデアです。
貝桶文様が描かれた着物であれば、貝合わせや源氏物語絵巻風の文様の帯を合わせると、ストーリー性のあるスタイリングになります。
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街着向け
小紋や紬着物などにあしらわれた器物文様は、街着にぴったりのカジュアルなデザインのものが多め。
一見、無地の着物や現代的な幾何学模様に近いシンプルなデザインの着物は、お出掛けのシチュエーションを問わない万能選手です。
文様の意味にとらわれすぎることなく、洋服のワンピースをコーディネートする気持ちで気軽に帯を選びましょう。
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また一方で、いかにも古典らしい趣たっぷりの器物文様がデザインされた着物もあります。
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器物文様は季節を問わず通年着られる柄行ですが、その分、季節のモチーフが描かれた帯を合わせて、その時々の季節感を楽しむということもできます。
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古典風の柄行だけれど今っぽくコーディネートしたい、という場合には、着物と帯の色味を合わせ、ボーダーやチェック柄などの幾何学柄の帯を選ぶのがおすすめです。
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まとめ
身近なようでちょっと遠い存在、日本に古くから伝わる器物たちを描いた文様についてご紹介いたしました。
文様の由来がわかると、振袖や訪問着などの畏まった着物のデザインにもぐっと愛着が湧いてきますね。
ぜひお好きな文様を見つけて、一段階ステップアップした着物選びをお楽しみください!
<着物の柄の記事はこちら>