更紗の着物とは?模様の意味や由来、格式について解説

更紗の着物とは?模様の意味や由来、格式について解説

「更紗」と聞いて、どのようなデザインを思い浮かべますか?
細かな柄がぎっしりと詰まっていて、どことなく異国情緒のある花模様…そんな漠然としたイメージなら、頭に浮かぶかもしれません。

しかしながら、「更紗」とは何なのか、その歴史や定義、種類について詳しく知っている方はあまり多くはないのではないでしょうか。

曖昧なイメージしかないものの、なぜか私たちの心を掴んで離さない更紗の着物。
その魅力と特徴について、ご紹介いたします。

更紗とは?

更紗模様のモチーフは、草花や鳥、獣、人物のほかに幾何学模様など、特に固定されていません。
「更紗」の語源は、「srasah」―花などの模様をまき散らす―というジャワの古い言葉、あるいはインドで極上の木綿布という意味を示す「saraso,sarases」などと言われており、諸説あります。

インド発祥の異国情緒あふれるデザイン

更紗の発祥を探っていくと、その歴史は古く、紀元前3世紀頃まで遡ります。
当時のインドでは手染めによる木綿布が作られており、その鮮やかな色から幅広く親しまれ、庶民から王族までがその布を使っていたと言われています。

インドの特産である茜の根を用いて発色した赤は色鮮やかで深みがあり、生命力の象徴として、家族繁栄や長寿を願う人々に愛されるようになりました。これがインド更紗のはじまりです。

さらに時代は進み、16世紀の大航海時代の幕開けとともに、インド更紗の技術は全世界へと広がりを見せました。
インド更紗の緻密な部分染めの技術を真似ることは難しかったものの、これを機に他国の染色技術は大きな変化を遂げることになります。

室町末期に日本へ伝わる

日本に更紗が伝わったのは、室町時代末期のこと。
16世紀から17世紀の間に、ポルトガル船やオランダ船によって長崎港にインド更紗が持ち込まれたのが最初であると言われています。

やがて時は江戸時代へと移り、徳川家への献上物や京都の祇園祭の胴掛けに、更紗が使用されるようになります。
これまで目にしたことのない、色鮮やかで印象的な文様の布地は、当時の日本人たちに大きな衝撃を与えたことでしょう。
そして、高級品であり、上流階級の嗜好品でしかなかった更紗も、次第に庶民の手元に渡るようになります。
礼装や儀礼用の布地などハレの日の品として、あるいは茶道具の一つとして、和服に合わせたい巾着として、はたまた優雅なテーブルマットとして…。
更紗は時代と共に日本の文化に溶け込み、現在まで愛されるようになりました。

元は海外由来の布地であった更紗も、日本の文化に馴染んでいくにつれ、職人による独自の更紗模様が生み出され、変化していきました。

更紗模様の特徴

海外から日本に入ってきた更紗は、深い赤や藍、緑、黒や黄などの色を用い、彩り豊かで力強い文様が特徴でした。日本では見られない草花や鳥獣が描かれていたこともあり、異国情緒あふれる珍しいデザインが「更紗」であると印象付けられたのです。

そのため、更紗模様の定義は現在でも「異国情緒を感じさせる、彩り豊かな模様」といった曖昧な表現に留まっています。
エキゾチックな模様が一面にほどこされた型染めの着物は、すべて更紗と呼ぶことができるでしょう。

海外の更紗模様

ジャワ更紗

インドネシア諸島のひとつ、ジャワ島に伝えられ発展した更紗。
主に「ジャワ更紗」ではなく、「バティック」という名で知られています。
    
バティックとは、ろうけつ染めのこと。布地に液状のろうを塗り、その部分を白く染め残す染色手法です。液状のろうが冷めて固まる際に亀裂が入り、氷割れのような染めの表情が出るところもバティックの特徴です。

ジャワ更紗は、王侯貴族に愛されていた歴史を持ち、かつては高貴な身分の者しか身につけられない模様も存在していたほど。 代表格は「ソガ染め」と呼ばれる渋い色合いの更紗で、藍色と茶褐色が基調となったもの、華やかな金更紗などがあります。

また、ジャワ島の北部と中部とで主な模様の違いがあり、北部のジャワ更紗は海の生物や動物の柄が多く、中部のジャワ更紗は霊鳥や竜など、インドの宗教由来のモチーフや幾何学模様が中心となっています。
色についても、北部では赤や藍をはじめ多色使いの更紗が多く、中部は茶系の落ち着いた色味の更紗が多く作られていたと言われています。

シャム更紗

シャム更紗とは、シャム=タイで考案された図案をもとに作られた更紗のことを指します。
名前に反して、実際に染色が行われていたのはシャムではありません。シャムから南インドへ図案を送り、布地を染めたのち、シャム王室に献上されたと言われています。

仏教の思想を反映した模様が多く、菩薩や霊獣、草花、幾何学を中心とした緻密かつ技巧的なデザインが特徴です。

仏教文化への親しみから、日本では「しゃむろ染」と呼ばれ、広く知られるようになりました。

ペルシア更紗

ペルシャ更紗、またの名をガラムカールは、イランの古都イスファハンの名産品です。

木彫りの型に天然の染料をつけ、スタンプを押すように型を叩いて絵付けをします。
型を替え色を替えて、職人が何度も作業を繰り返し押し染めた木綿布には、どこか温もりのある味わいが生まれます。

オランダ更紗

オランダ更紗は、木版あるいは銅版にて捺染を行い、文様を染めつけた更紗です。インドやシャムから持ち込まれた更紗に触発され、各国の特色を取り入れたデザインが生み出されました。

淡い色調の小花模様が多く、軽やかで華やぎのある雰囲気が特徴です。

日本製の更紗『和更紗』

江戸更紗

江戸時代中期から末期頃に発祥したと言われる江戸更紗。
型紙摺りの手法を用い、細かな刷毛遣いの技術によって、海外の更紗とは異なる絶妙な風合いが生み出されました。

神田川など、江戸の川を流れる硬水によって染め色が渋く、深みと落ち着きのあるものになったのです。
デザインもインド更紗そっくりに模したエキゾチックな文様に留まらず、日本の暮らしや自然の風景に基づいた、侘び寂を感じさせるものが増えていきました。

京更紗

京更紗はまたの名を「堀川更紗」といい、特に水質が優れ染色の職人が多く住んだとされている堀川沿いで発展しました。

図案の起こしから絵付けまでを手描きで行うのが特徴です。
京更紗は他の地域の更紗と比べ、鋭くシャープな線を用いた文様が多く、華やぎよりは落ち着きを感じさせるデザインが多い印象です。

長崎更紗

1613年に平戸を訪れたイギリス貿易船により持ち込まれた更紗が、当時の領主に贈られ、その後長崎で発展を遂げました。これが長崎更紗です。

蘇芳などの染料を用いた鮮やかな発色と、異国情緒あふれる文様が特徴です。

鍋島更紗

佐賀の鍋島藩に保護され、発展した鍋島更紗。明治時代に入ると継承者を失い一旦は途絶えたものの、資料を元にして昭和40年代に技術がよみがえりました。

和更紗の中でも、木版と型紙の両方を使うという複雑な技法により、他の更紗とは一線を画す格調高いものとされてきました。

天草更紗

長崎の出島に伝わった更紗の技術を用いて、天草の職人たちが発展させた和更紗であると言われています。

時代の変化と共に一時技術が失われ、昭和初期に復興。その特徴も移り変わっていき、現在残っている天草更紗は比較的地味な、日用品として使用されていたものが中心です。

新たに作られている平成天草更紗というジャンルでは、インドやオランダを思わせるエキゾチックなデザインが多く見られます。

堺更紗

京更紗と同じ時期に大阪で発展した堺更紗は、京更紗の特徴と非常によく似ています。
比較的、京更紗よりも華やかで異国情緒のあるデザインが多いと言われています。

更紗模様の着物コーディネートと格

ここからは、更紗着物のコーディネートのコツや着用シーンについてご紹介いたします。

更紗はカジュアル着物

更紗の着物は、カジュアルなお洒落着として着用できます。
上品なデザインの正絹小紋は略礼装として着られることがありますが、更紗は木綿布をルーツに持つ柄行のため、基本的にフォーマルな場には向きません。

更紗の訪問着の格式は?

柄付けが訪問着であっても、更紗は基本的にカジュアル向きと考えたほうが良いでしょう。
もし、気軽なパーティーやご友人の結婚式などに着て行きたいという場合には、品のある袋帯や箔糸を使った名古屋帯をあわせ、格式をアップする工夫をしましょう。

型染めではない「更紗模様」もある

同じ更紗の模様であっても、型染めの工程を踏まない、いわゆる機械染めなどの「更紗風」着物も存在します。
本式の更紗を模したものという扱いにはなりますが、格の違いもなく、カジュアルシーンに着用できます。

更紗着物のコーディネートのポイント

更紗模様の着物は、柄の印象とエキゾチックな風合いが強く、帯合わせに悩むこともあるかもしれません。

ベージュなど落ち着いた色味のシンプルな帯を合わせれば、コーディネートがすっきりとまとまります。帯のデザインに迷ったら、ストライプなどの幾何学模様を選ぶと良いでしょう。

エキゾチックな雰囲気を活かしたい場合は、更紗調のデザインの帯やインパクトのある帯を選んで柄×柄の組み合わせもおすすめです。その際、着物の模様に含まれる色で帯や小物を揃えると、全体に統一感が生まれます。

カジュアルな着物なので、あまり堅苦しく考えず、オリエンタルなワンピースを着るつもりで自由にコーディネートを考えてみると楽しいですね。

江戸更紗の制作工程

海外の更紗、日本の更紗についての項目でも述べたように、更紗の染め方は千差万別です。

一例として、江戸更紗の制作工程をご紹介しましょう。

型染めの染色方法は、主に3種類。型紙の上から染料を混ぜた糊を塗る「型友禅」、江戸小紋のように、型紙の上から防染糊を置いて模様を白く抜く技法、そして、型紙の上から刷毛で染料を摺り込む技法。

江戸更紗は、3つ目の刷毛を用いた技法にて型染めを行います。

下絵・図案作成

まずは、更紗模様の元となる下絵を描きます。

昔から伝わる文様に職人オリジナルのセンスを取り入れ、それぞれの時代にあわせた更紗のデザインを作り上げていきます。

型紙を掘る

次に、図案を元に型紙を彫っていきます。
色や柄によって図案を複数のパーツに分解し、数十枚から数百枚の型紙を用いて模様を掘り進めます。

江戸更紗は、伊勢和紙をはじめとする良質な手漉きの和紙を型紙に使用することが多く、和紙を幾重にも重ねて柿渋で固め、小刀で細かな模様を掘るという繊細な作業を繰り返します。

色の調合

職人の思い描く更紗の色を表現するための、非常に重要な工程です。
下絵を参照しながら染液を調合し、布に染めつける色を創り出します。

板張り

白生地をおよそ14メートルもの捺染板に張り、もち米の糊で固定します。生地と板との間に空気が入らないよう、慎重に貼り合わせます。

染色

板張りした生地に型紙を置き、染色を行います。
模様の輪郭を作る糸目刷り、彩色を担う目色摺り、背景を染める地型摺りの順に色を刷り込んでいきます。

蒸し・乾燥・仕上げ

染色が終わると、蒸熱箱に生地を入れて蒸し上げ、生地に色を定着させます。
蒸した後は生地を水にさらし、余分な染液を洗い流して、乾燥させます。

着物によっては、ここからさらに刺繍を施すなど、手を加えるものもあります。

更紗の型染め体験をするには?

染の里 おちあい(二葉苑)

14枚の型紙と7色の染料で染め上げる、本格的な更紗型染めの体験ができる工房です。
毎週水・土・日曜日に定期開催している更紗型染めコースでは、テーブルセンターの型染めを体験することが可能です。

富田染工芸(東京染ものがたり博物館)

江戸小紋や東京染小紋、江戸更紗の老舗にて染色の体験ができます。
シルクスカーフに江戸更紗の染色をする制作体験と、工房の見学がセットになった贅沢なイベントが開催されています。

まとめ

更紗の着物について、その歴史や特徴がおわかりいただけましたでしょうか?

更紗は国を越え、時代を越えて愛され続ける素晴らしいデザインです。
ぜひ異国への憧れと和の伝統への敬愛を込めて、更紗の着物を身にまとう喜びを味わってみてください。