単衣の王様『本塩沢(塩沢御召)』ってどんな着物?塩沢紬との違いや仕立ての注意点など紹介

単衣の王様『本塩沢(塩沢御召)』ってどんな着物?塩沢紬との違いや仕立ての注意点など紹介

「本塩沢ってどんな着物?」
「似たような着物があって違いがわかりにくい・・・」
「着物に仕立てるなら何がおすすめ?」

新潟県南魚沼市で作られている本塩沢。さらりとした着心地と細かな絣模様が特徴で、国の伝統的工芸品にも認定されています。
着物愛好家からも人気が高く、いつかは手にしたいと憧れている方も多いのではないでしょうか。

しかし、名前は知っていても、特徴や歴史まで細かく把握している方は少ないかもしれません。
特徴が似ている塩沢紬や白鷹御召などの着物もあり、いざ説明するとなると難しいですよね。

そこで今回は、本塩沢の基本情報から製造工程、機織り体験ができる施設までまとめました。
着物に仕立てる際の注意点やお手入れ方法なども解説していますので、本塩沢が手元にある方はもちろん、いつかは手にしたいと考えている方もぜひ参考にしてください。

本塩沢/塩沢御召とは?

本塩沢は新潟県南魚沼市で作られている絹織物です。「塩沢御召(おめし)」の名前で知っている方が多いかもしれません。

生地の表面には、「シボ」と呼ばれる凹凸が強く出て、独特の風合いを醸し出しています。
さらりとした肌触りで、夏にぴったりな着物として長く親しまれてきました。シワになりにくく、着付けがしやすいと今も人気の高い着物です。

本塩沢の特徴

本塩沢の特徴は、夏にぴったりなさらりとした着心地です。清涼感のある肌触りは、シャリ感とも表現されます。

体に密着しにくい理由は、生地表面にある細かな凸凹。シボとも呼ばれる凹凸によって、肌に接する面が少なくなるため、体にまとわりつきにくくなります。

本塩沢のシボは、織る前に生糸に強い撚り(より)をかけ、反物になった後もぬるま湯の中でもみ込む「湯もみ」を行うことで生み出されています。

繊細なシボが生み出すさらりとした肌触りのよさは、夏用の着物としても人気の本塩沢の特徴です。

シボと緻密な絣模様が上品な本塩沢

本塩沢の特徴は着心地だけではありません。細かな絣模様も魅力のひとつです。

絣模様の多くは、亀甲絣(きっこうかすり)や十字絣(じゅうじかすり)など細かなもの。
本塩沢には先に染められた糸を使用するため、模様を合わせながら織り上げるのは高い技術力が必要です。

シボの風合いとも相まって、優美で落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

越後上布から派生した本塩沢の歴史

本塩沢の起源は今から約400年前の17世紀、江戸時代中期。
同じく塩沢地方で作られる麻織物「越後上布」や「越後縮」の技法を絹に応用して織られたと言われています。

豪雪地帯として知られる新潟県南魚沼市では、雪に閉ざされる季節に家でできる仕事として機織りが発展してきました。古くから作られてきたのが、湿った気候が加工に適している麻織物です。
1200年以上前の奈良時代に作られた麻布が現在でも正倉院に残っており、塩沢地方での織物の歴史の長さがうかがえます。

強撚糸(きょうねんし)を使用したシボが特徴の本塩沢は、1661~1672年頃に広まったと言われていますが、実ははっきりとはわかっていません。
しかし、1864年の「覚」の中にある納税品リストには絹縮と記載されており、江戸時代にはすでに織られていたと考えられています。

伝統的工芸品・本塩沢の定義

本塩沢は、1976年12月に国の伝統的工芸品に指定されました。
ここからは伝統的工芸品としての定義や条件と、見分けるための目安となる証紙をご紹介します。

伝統マークを付ける条件

伝統的工芸品の指定を受けたと一目でわかるのが、「伝統マーク」です。
伝統マークを貼るためには、以下6つの条件をすべて満たす必要があります。

1.先染めの糸を使用し、たて糸とよこ糸が交互になる平織りで織られていること
2.たて糸とよこ糸の絣を手作業で合わせて、絣模様を織りだすこと
3.模様とは直接関係のない地糸となるよこ糸には、米糊、蕨糊、布糊を使うこと、のり付けした後にはさらに強い撚りをかける「追ねん」を行うこと
4.絣糸の染色方法は「手括り」「手摺り込み」「板締め」または「型紙捺染」を用いること
5.シボ出しは「湯もみ」で行うこと
6.使用する原料は、たて糸・よこ糸ともに生糸であること

原材料から染色・糊付けの方法、絣模様に至るまで細かく規定されています。ひとつでも条件を守れなかった製品は、伝統的工芸品とは認められません。

本塩沢の証紙

本塩沢の証紙は以下の3種類です。

・伝統マーク:「伝」のロゴと赤い丸の組み合わせ
・塩沢織物工業組合が管理する伝統的工芸品の証紙:中央に大きく「本塩沢」の文字
・塩沢織物工業組合が管理する組合統一商標:「品質保証」、雪晒しをする風景の書かれた「登録商標」、企業名の書かれた「組合員之証」の3つを組み合わせた証紙

3つのうち、上の2つは伝統的工芸品にのみ付与が許可されています。
私たち消費者が購入する際に目安になる証紙ですが、絣模様ではない商品には注意が必要です。

絣模様は伝統的工芸品と認められる条件のひとつ。無地や縞格子などの製品には、原材料や製法など他の条件を守っていたとしても伝統マークが貼付されないケースがあります。

絣以外の商品で目安になるのが3つ目の組合統一商標です。
塩沢の織元9社が使用し、企業名も明記されているので、産地と織元も一目で判断できます。

伝統マーク以外の証紙も把握して、購入する際の目安にしましょう。

本塩沢の製造工程

本塩沢の製造工程は、以下の通りです。

1.図案・設計
2.撚糸(ねんし)
3.付け・くびり
4.摺り込み
5.強撚糸(きょうねんし)
6.機織り準備・織り
7.湯もみ
8.検査

織りに入る前に糸を加工する多くの工程を経て作られます。

中でも強撚糸と湯もみは、本塩沢の特徴であるシボを生み出す重要な工程です。
ここからは、優美で上品な本塩沢ができるまでを解説します。

図案・設計

まず始めに行うのが図案と設計図作りです。

原図案や見本に従い柄の位置だけでなく、糸の長さなども細かく決めていきます。
次からの作業で指標となる大切な工程です。

撚糸

次に行うのが、「下撚り」と呼ばれる工程です。

使用する生糸をたて糸とよこ糸ごとに地糸(柄には直接関係のない糸)や絣糸などに分け、撚りをかけていきます。
糸の太さや強さを均等にする大切な作業です。

付け、くびり

付けは絣模様を入れる位置に印を付ける工程、くびりは綿糸でくくる工程です。

よこ糸の絣糸を台に張ってから、最初に定めた絣製図に沿って模様の位置に墨で印を付けます。墨で付けた印が染色しても染まらずに残る部分です。

次に印を目安に糸で固くくくっていきます。染料が入り込むと織りだした際に模様がかすんでしまうため、力加減が難しい作業です。

摺り込み

「手摺り込み」は、染色方法のひとつです。専用のヘラを使って生糸に染料を摺り込んだ後、約100℃の蒸気に当てて色を定着させます。

強撚糸

強撚糸は、シボを出すための追撚(ついねん)の工程です。
下撚りを施したよこ糸の地糸に精錬と染色を施し、でんぷん粉で糊付けをしてから強い上撚り(うわより)をかけます。

作るのは右撚りと左撚りの2種類。強い撚りをかけることで、織りあがった布地にシャリ感を出す重要な工程です。

機織り準備、織

糸の工程が終わると、織りに使用する高機にセットしていきます。

たて糸は地糸と絣糸を合わせて巻き取り、織機の綜絖目(そうこうめ)と呼ばれる場所に1本ずつ、筬(おさ)という場所には2本ずつ通します。

よこ糸で使用するのは、右撚り強撚糸地糸・左撚り強撚糸地糸・絣糸の3種類。
まず行うのが、糸を1本ずつ分ける「絣起し(かすりおこし)」です。杼(ひ)という舟形の道具にセットするため、右撚りと左撚りを別々に管(くだ)に巻き取っておきます。

ここまで準備が整ったら、いよいよ織の作業です。
高機の綜絖を足で上下に動かし、つられたたて糸の間を杼(ひ)にセットしたよこ糸を行き来させて織りあげていきます。

湯もみ

織りあがった後に行うのが、シボを出すための湯もみ工程です。
汚れや糊を落とし、湯の中でもむことで布が1割ほど縮み、本塩沢の特徴である凹凸を生み出します。

検査

湯もみを終えたら決められた幅に巻き上げられ、むらや汚れがないか検査を行って本塩沢が完成します。

本塩沢と似た着物

シャリ感、シボ、絣模様など特徴的な本塩沢ですが、よく似ている織物や着物に出合い、混乱してしまった方も多いのではないでしょうか?
ここからは、特に混合されがちな「塩沢紬」と「白鷹御召」との違いをご紹介します。

塩沢紬

本塩沢と同じく伝統的工芸品に認定されている塩沢紬。産地も新潟県南魚沼市で、越後上布をルーツに持つなど共通点が多い絹織物ですが、本塩沢とはまったくの別の着物です。

本塩沢と塩沢紬の違いは、使用する糸にあります。
たて糸よこ糸ともに生糸を使う本塩沢に対し、塩沢紬に使用するのは生糸の他に真綿糸や玉糸といった紬糸。
太さが異なり節がある糸を使用するため、独特のざっくりとした肌触りの中にも柔らかさや温かさ、絹特有の光沢感があります。

また、湯もみの工程もないため、本塩沢ほどシボもそれほど強くありません。
「紬」と名前に入っているように、基本的に友人との食事などのカジュアルシーンで着用できる着物です。

▼塩沢紬についてはこちらもあわせてご覧ください。本塩沢との格の違いも解説しています。

▼紬に関してはこちらで詳しく紹介しています。

白鷹御召

鬼シボとも言われる大きなシボと絣柄が特徴の白鷹御召。さらりとした肌触りやシャリ感、単衣仕立てが多いなど、本塩沢とよく似ていますが、産地と染色方法に違いがあります。

本塩沢が新潟県南魚沼市で作られているのに対して、白鷹御召の産地は山形県白鷹町です。

糸の染色方法は「板締め」。ブナ材に溝を掘った専用の絣板に糸を巻きつけ、押し木で締めてから染料をひしゃくでかけて染める方法です。

また、たて糸にはあまり撚りをかけていないため、本塩沢よりもシボが丸く感じられます。
ざらつきがある本塩沢に比べて柔らかく軽い印象の御召です。

本塩沢の仕立てと注意点

本塩沢は貴重で高価な反物だけに、いざ手元に来た時に失敗はしたくないですよね。
デリケートな本塩沢を長く快適に楽しむためには、抑えておきたいポイントがあります。
実際に本塩沢を着物に仕立てる際のおすすめと注意点を、手入れ方法とともに見ていきましょう。

おすすめは単衣仕立て

本塩沢を着物に仕立てる場合は、単衣がおすすめです。
復元力が高いため、シワになりにくい特性があります。

シワの原因は、湿気・熱・圧力の3つ。汗をかいたままで座った状態が続くと圧力が加わり、深いシワができてしまいます。
スチームアイロンをイメージしてみてください。折山は、スチーム(湿気)を当てながら熱と圧力を加えて作りますよね。

汗をかきやすい季節は、「湿気」を常に供給している状態です。単衣を着る6月や9月でも、真夏のように暑い日も増えています。

糸に撚りがある本塩沢は、伸縮性に優れている上に、もとから表面に凸凹があるためシワが目立ちにくいのもメリット。シワになりにくい本塩沢は単衣がおすすめです。

とはいえ、単衣にこだわる必要はありません。
裾裁きや着付けのしやすさなど、夏に着る単衣に求める基準は人それぞれ。袷や胴抜きなどに仕立てる方もいらっしゃるので、好みに合わせて専門家に相談してみてください。

シボは水に弱い!『ガード加工』必須

本塩沢の特徴のひとつであるシボは、水に弱い性質を持っています。

強い撚りをかけた糸で織られているため、水分を含むと縮んでしまうためです。
アイロンを当てても修復は難しく、シボ感がより強くなってしまいます。さらに絣模様がゆがんで見えてしまう場合も。
縮みが出てしまったら、湯のしまたは解き洗いと言われる専門の作業が必要です。

対策としては、雨を避けて着用する以外に『ガード加工(パールトーン加工)』を施す方法があります。雨や湿気、汗などが原因で縮むのを防ぎ、表面に汚れがつきにくくなる撥水性を付与する加工です。

しかし、完全に縮まない、汚れないと約束されている加工ではありません。保護されているといっても限界を超えれば汚れますし、一度シミができると取れにくくなるデメリットもあります。
また、加工後に生地の肌触りや質感が変わってしまったと感じる方もいらっしゃいました。

縮みやすい本塩沢だからと必ずガード加工をするのではなく、素材や着るシーンによって加工するか否か選択してみてください。特に汚しやすい飲食時に着物を着る機会の多い場合は、ガード加工をしておくと安心です。

メーカーによっても特性が異なるので、加工前に説明をよく聞いてからお願いしましょう。

本塩沢のお手入れ方法

繊細な本塩沢のお手入れは、着物専門のクリーニングが基本です。
普段から雨の日を避けて着用し、湿気がこもらないように保管するなど管理にも注意しましょう。

撥水効果のあるガード加工を施した着物でも、熱湯やジュース類、ワインなどは防ぎきれません。汚してしまった場合は、速やかにティッシュや乾いた布で押さえるように吸い取ってください。
ただし、濡れたタオルを使用したり擦ったりするのは厳禁。シミが残ってしまうばかりか、生地が傷んでしまいます。

応急処置が終わった後は、着物専門のクリーニングへ。縮みの原因となる水に濡れた場合や汗をかいてしまった場合も、専門店に任せると安心です。
購入店やガード加工を施した専門店では、洗いが無料になる保証期間がついている場合もあるため、あらかじめ確認して利用しましょう。

▼着物のクリーニングに関する疑問には、こちらの記事で詳しく解説しています。

本塩沢の体験や工房見学はできる?

新潟県南魚沼市にある塩沢つむぎ記念館では、本塩沢の体験を行っています。
脈々と受け継がれてきた伝統に触れ、身近に感じられる絶好の機会です。旅の思い出にぜひお立ち寄りください。

※記載内容はすべて2023年8月現在のものです。

塩沢つむぎ記念館

塩沢つむぎ記念館では、高機による機織り体験と、塩沢織物の生地や真綿などを使った織物アート体験を受け付けています。

種類豊富な体験コース選びに迷ったら、気になるコースを複数受けるのもおすすめです。スタッフから指導を受けながら安心して体験できます。

織物アート体験を行う1階は無料ですが、機織り体験を行う2階の工房へは入館料が必要なのでご注意ください。

▼施設概要

住所 新潟県南魚沼市塩沢1227番地14
アクセス 電車:JR上越線「塩沢駅」より徒歩3分
自動車:「水沢石打I.C.」または「六日町I.C.」より約15分
※駐車場有
Googleマップはこちら
営業時間 9:00~17:00
休館日 年末年始(12月24日~1月3日)
入館料 1階 展示販売場:無料
2階 織工房・資料室:大人400円、小児200円
電話番号 025-782-4888
FAX 025-782-1148
注意事項 ・10名以上の体験は要予約(WEB・電話・FAX・メール)
・ゴールデンウィークやお盆などの繁忙期の予約は不可。体験は来館順。

それぞれの体験コース内容を以下にまとめましたので、参考にしてください。
機織り体験

塩沢つむぎ記念館でできる手織り体験コースは5種類。実際に使われている高機を使い、貴重な体験ができます。

コース 料金 所要時間
※コースター体験以外は3㎝を織る目安
使用用途
しおり手織体験 長さ3㎝:1,000円
1㎝追加:190円
約15分 しおり・ショール・帯・着物
綴織り体験 長さ3㎝:2,500円
1㎝追加:475円
約40分 ランチョンマット・タペストリー・テーブルランナー
裂織り体験 長さ3㎝:3,000円
1㎝追加:570円
約20分 バッグ・タペストリー
コースター手織り体験 約12×12㎝のコースター3枚:3,500円
1㎝追加:230円
約60分 コースター
コースター裂織り体験 約12×12㎝のコースター3枚:7,500円
1㎝追加:550円
約60分 コースター

▼詳細はこちら


織物アート体験
塩沢つむぎ記念館でできる織物アート体験は10種類です。
本塩沢だけでなく塩沢紬や夏塩沢、真綿などを使い、世界にひとつだけのオリジナル作品が作れます。

コース 料金 所要時間 種類・サイズ
小物作り体験 1,000円/パーツ 約15分 8種類
・ブローチ
・ピアス
・イヤリング
・キーホルダー
・ストラップ
・ネクタイピン
・カフスボタン
・帯留め
携帯うちわ作り体験 1,000円/個 約30分 縦29×横17㎝、厚さ1.5㎝
コースター作り体験 1,500円/個 約20分 直径8.3㎝、厚さ0.8㎝
こま作り体験 1,500円/個 約30分 2種類
・手回し式
・紐回し式
うちわ作り体験 2,000円/個 約30分 縦37×横24㎝
貼り絵作り体験 2,000円~ 約45分 4種類
・お雛様
・五月人形
・織姫
・かたつむり
風鈴作り体験 2,500円/個 約45分 縦9㎝、直径7㎝
万華鏡作り体験 2,500円/個 約60分 縦20㎝、直径4㎝
扇子作り体験 2,500円/個 約30分 半径27㎝
リース作り体験 3,000円/個 約60分 厚さ4㎝

▼詳細はこちら

まとめ

生地表面にあるシボや細かな絣模様が魅力の本塩沢。シワになりにくく、さらりとした着心地から夏用の単衣におすすめの絹織物です。
1200年以上もの歴史がある麻織物・越後上布の技術を絹に応用して誕生しました。

同じルーツを持つ塩沢紬が紬糸と呼ばれる節のある糸も使用しているのに対して、本塩沢はすべて生糸。湯もみを行うことで、細かなシボも強く表れています。

水に弱く濡れると生地が縮む恐れがありますが、雨の日を避け、湿気を避けて保管する他、ガード加工を施して対策を取っておくと安心です。

多くの工程を経て生産されている本塩沢を身にまとい、受け継がれてきた技術や長い歴史、さらにその魅力を全身で感じてみませんか?