着物の種類

2023.7.25

夏の着物、『薄物』とは?透け感を楽しむポイントや浴衣との違いを解説

夏の着物、『薄物』とは?透け感を楽しむポイントや浴衣との違いを解説

『薄物』という言葉を聞いたことはありますか?
夏の時期が近づくと、特に目にする機会が増えてくるのではないかと思います。

和の伝統を感じさせる、日本人らしい夏の過ごし方の象徴ともいえる『薄物』。
今回はその魅力と素材による違い、そして薄物をとことん楽しむためのポイントについてご紹介いたします。

薄物とは“透け感のある単衣の着物”

着物には、袷(あわせ)・単衣(ひとえ)・薄物(うすもの)という三つの分類があります。
袷は裏地のついている着物のことを指し、一般的に十月~翌年五月頃の期間に着用するものとされています。
単衣はそれに対して裏地のついていない着物を指し、主に六月、九月頃に着用することが多いものです。

袷と単衣は仕立て方の分類ですが、薄物は生地の種類に関する呼称であり、単衣仕立ての着物の一部という見方もできます。

つまり薄物は、縦糸と横糸の織りが粗く、透けるような質感の生地で仕立てられた単衣の着物のことです。七月から八月にかけての盛夏の季節に着用するのが一般的であるとされています。

着物における薄物

着物における「薄物」にあたる生地には、絽(ろ)、紗(しゃ)、麻、紅梅などがあります。それぞれに素材や織り方、手触りなどが異なります。

特に絽と紗は、夏着物に用いられる染め生地の代表格です。どちらかと言えば絽がフォーマル向き、紗はカジュアル向きの素材であるとされています。麻糸で織られた縮や上布などもあり、いずれも夏に着用しやすい、着ていて涼しく感じる質感が特徴の素材です。

上物における薄物

羽織やコートといった上物における薄物には、紗、絽、オーガンジー、羅などが挙げられます。
薄物の上物は、防寒対策というより塵よけとしての役割が大きく、着物や帯を汚れから守り、訪問先に塵を持ち込まないために着用します。

こちらは盛夏以外に、春先や秋頃にも着用することができるので、一枚持っておくと重宝します。

浴衣との違い

薄物に分類される夏着物と、浴衣との違いは、その扱い方にあります。

浴衣は和服の中でも唯一、肌の上に直接着て良いとされているものです。浴衣は主に部屋着や寝間着として扱われていたこともあり、肌襦袢や長襦袢を着ることなく着用できます。
また、多くの着物が足袋と草履を合わせて履いたり、名古屋帯や袋帯といった帯を合わせるのに対して、浴衣は基本的に半幅帯や兵児帯といったカジュアルな帯を合わせ、素足に下駄を履きます。

浴衣を着物風に着用することもできるため、それぞれに厳密な定義の違いはありませんが、基本的には浴衣のほうが薄物と比べてよりカジュアルであるという認識でまず間違いはないでしょう。

薄物の生地の種類

「絽」は絹織物の一種で、からみ織(もじり織)と平織を交ぜて作られます。
からみ織の部分は透けるような見た目になり、透ける部分と透けない部分が交互に縞模様のように織り出されるのが特徴です。この透ける部分を絽目と呼びます。絽目が横に並ぶように織られたものを横絽、縦に並ぶものを縦絽と言います。

繊細な柄を染め描くことができるため、夏用の訪問着や付け下げ、小紋など幅広い夏着物に使用されます。

「紗」もからみ織による織物であり、絽と違って全体的に透け感があります。捩りを加えて交差させた二本の縦糸の間に横糸を通して織り上げます。

通気性に優れた軽やかな生地であり、絽よりもさらに透けているため、七月中旬から八月にかけての真夏の時期に着ることの多い素材です。主産地として、西陣、桐生、五泉などが挙げられます。

また、紗と紗、あるいは紗と絽を合わせて仕立てた「紗袷(しゃあわせ)」という着物もあります。主に六月と九月の単衣の時期に着用する着物です。

紗は絽と比べて格が下がるため、畏まったフォーマルシーンには向きません。
ただし、品の良い色柄を選べば、カジュアルシーンからセミフォーマルのお席まで幅広く活用できます。

麻(上布)

絽と紗は織り方による分類ですが、麻の薄物は素材名で区別されることが多いです。

麻生地はサラリとして肌に貼りつきにくく、吸湿性、通気性にも優れているため、夏の普段着にぴったりの素材です。絹素材の絽や紗の薄物とは異なり、自宅で洗濯できることもメリットの一つです。

透け感が魅力!薄物の着方

薄物の魅力は、何よりその透ける質感にあります。
湿度の高い、蒸し暑い日本の夏において、見た目だけでも涼やかに装うという粋な和の心を感じさせます。

そして、同じ薄物と一つに括っても、その扱いは異なります。
ここでは、薄物を着る際に合わせる帯や小物、肌着などについて、スタイリングのポイントや注意点を解説していきます。

帯の選び方

基本的に、薄物の着物と合わせる帯は、同じ素材のものを選ぶことをおすすめします。
例えば、紗や絽といった絹素材の着物には、絹素材の帯を合わせれば、格の違いや素材感のミスマッチを避けられます。

紗の夏帯と言えば、代表的なのは紗献上の博多帯です。
浴衣などにも合わせることの多い博多織の帯は、キュッキュッという絹鳴りの音が心地良く、しっかりと安定感のある締め心地が魅力的です。
その上質な素材感は、紗であっても変わることはありません。
身軽な半幅帯のほかに、八寸仕立ての名古屋帯もあります。いずれも、品のあるカジュアルスタイルにぴったりの帯です。

絽の夏帯は、上品な柄行が多いことが特徴です。
織り模様のある、金銀糸が含まれた名古屋帯や袋帯はセミフォーマルに、染め模様のある名古屋帯や半幅帯は、カジュアルシーンに向いています。
また、絽綴れという凝った織りの夏帯もありますが、柄の雰囲気によって着用シーンは異なるため、注意が必要です。

また、羅という織りの夏帯もあります。羅は紗よりも更に目の粗いからみ織で、網目のような織り模様がはっきり見えることが特徴です。
非常に涼しげに見える帯なので、真夏の装いに向いています。
ただし、帯揚げや帯締めがお太鼓から透けて見えやすいため、着付けの際には特に美しさを心掛けましょう。

麻素材の帯は、何と言っても自宅で洗える点が気楽で有難い存在です。
サラリとした天然素材の風合いは、着飾りすぎないカジュアルシーンにぴったりです。

小物の選び方

帯締めや帯揚げなどは、厳密には夏物を使用しなければならないという決まりはありませんが、夏用の小物を使えばより涼やかに、軽やかに見えます。

帯締めであれば、絽やレース織りの帯締めか、あるいは幅の細い三部紐などであれば薄物との相性もばっちりです。

帯揚げは絽や紋紗、麻などが夏らしい素材ですが、ちょっと洋風なレースの帯揚げを持っていれば、夏も含めて通年使用できます。

顔周りの印象を左右する半衿も、ぜひ夏らしい色柄のものを揃えたいところ。
遊び心のあるスタイリングがお好きな方であれば、朝顔や向日葵、スイカや金魚など、夏のモチーフが刺繍された半衿もおすすめです。

絽や麻素材の半衿はもちろん、レースやビーズ刺繡があしらわれた半衿も、薄物のコーディネートにはぴったりです。

また、フォーマルシーンで絽の長襦袢を着る際は、半衿も絽のものを合わせるのがマナーであるとされています。

足袋を選ぶ際も、麻素材やレースなど、足元から涼やかに装えるものを選びましょう。

長襦袢の選び方

夏場は汗をかくので、洗える正絹や麻、綿麻の長襦袢を選べば、安心して着用できます。
こちらも着物や帯と同じく、フォーマルシーンでは正絹を、カジュアルであれば麻などお好みの素材のものを選びましょう。

薄物は襦袢が透けて見えやすいため、カラー襦袢でおしゃれをするのが粋です。

逆に言えば、二部式や筒袖の襦袢を着る場合、切り替えや袖の形も透けて見えやすいので、注意しましょう。身丈や袖丈の合わない襦袢も同様です。
ただし、麻着物など透け感の少ない着物であればそこまで心配は要りません。

肌着・着付け小物の選び方

薄物を着る季節において、重要なポイントの一つが肌襦袢です。
暑い日中に少しでも快適に過ごせるように、夏用に作られたものを選びましょう。
高島クレープやちぢみ、楊柳、麻素材などがおすすめです。

一枚で完結する着物用スリップもありますが、肌襦袢を着けるのであれば、インナーボトムスにステテコを履くと足捌きも良く快適です。
浴衣を着る場合や、浴衣として薄物を着る場合は特に、シルエットに響かないレース仕立てのステテコが良いでしょう。

薄物におすすめの素材と特徴

代表的な薄物の生地「絽・紗・麻(上布)」については既にご紹介しましたが、ここではそれぞれの着心地や質感の違いにフォーカスして詳しくご説明いたします。

そもそも絹は、夏は涼しく風を通し、冬は体温を逃さず温めてくれる大変便利な素材です。
何を着ても暑いような日本の盛夏の気候であれば、目から涼を感じられる絽や紗といった絹の着物を着用するのも粋と言えそうです。

また、表面に凹凸が感じられる絹紅梅という素材もありますが、綿紅梅よりも更に軽く、涼しく着られることが特徴です。

同じ絹素材でも、絽はしっとりと柔らかに滑り、紗はややハリのある質感で、織り方によって肌触りや見え方が異なります。

麻は洋服でも馴染みのある通り、適度なハリとシャリ感が夏らしく、涼やかに着こなせる素材です。

麻の薄物には、縮や上布などの種類があります。特に上布は上質な麻糸で織られた生地を指し、八重山上布や能登上布、越後上布、宮古上布など、日本の重要無形文化財に指定されるような高級品も存在します。

ただし、麻はカジュアルシーンのための素材であるため、上布であってもフォーマルシーンには向きません。カジュアルなパーティーやちょっとした集まり、お出掛けの際に最適な夏着物です。

綿

綿麻の着物などは薄物にもよく見られますが、綿素材の夏物はどちらかと言えば、浴衣として仕立てられることが多いです。

ただし、質の良い綿紅梅の着尺などには、夏着物として仕立てても遜色のないものもあります。
一般的に親しみのある綿紅梅の浴衣とは一味違う、上質な風通しの良さを実感できるかもしれません。

化繊

素材としては格が低いとされがちな化繊ではありますが、乾きやすく自宅でのお手入れもしやすいため、薄物にはうってつけです。

セオαや東レシルックなどは特に、化繊であっても一見シルクのような艶があるものも多く、大変人気の高い素材です。

化繊だからという先入観を捨てて見れば、きっと夏に大活躍する薄物と出会えることでしょう。

夏の着物・薄物のQ&A

夏の結婚式やお宮参りには薄物じゃないとダメ?

礼装の薄物に持ち合わせがない場合は、レンタルをおすすめします。
夏のフォーマルは汗抜きなどのお手入れが不可欠ですが、レンタルを利用することで管理の手間が省けます。

また、結婚式など屋内での催しに参加する場合、空調が確実に効いているようであれば袷の礼装を着てもOKです。会場で着付けを頼めるのであれば、より安心ですね。

一年を通して温暖な気候の沖縄では、単衣仕立ての着物が良いでしょう。

汗をかくのが心配。夏のお手入れや対策は?

夏に着物を着ていて汗をかいてしまった場合、脱いだ後にすぐお手入れに出すのでなければ、ご自身で簡単な汗抜きを行いましょう。

<着物のお手入れについての記事はこちら>

また、できるだけ汗をかかないための対策として、涼しい部屋で着付けを行うこと、通気性のいい着付け小物や汗を吸収しやすい肌着を身に着けること、扇子や日傘で暑さを凌ぐこと、などが挙げられます。

着付けの前に制汗剤を使用して汗を抑えたり、手拭いで包んだ保冷剤を持ち歩いて適宜体を冷やしたりするのも有効です。

焦ったり急いだりすると汗の量が一気に増えるので、薄物を着る時は時間に余裕を持ち、落ち着いて行動するように心掛けましょう。

まとめ

お洒落上級者が楽しむ夏の和のファッション、薄物。
着物初心者の方には少しハードルが高く思えるかもしれませんが、洗える素材の薄物やレンタルの夏着物で、ぜひ新しい扉を開いてみてはいかがでしょうか?

レースやオーガンジーなど、洋服で親しんでいる素材も多く、色合わせも普段の和装とはまた違ったセレクトになることと思います。
氷のような透明感のあるアクセサリーや帯留めを着けたり、明るく爽やかな色味のコーディネートをしてみたり…。
暑さの中にも涼やかな風がそよぐようなスタイリングを考えるのは、きっと心楽しいことでしょう。

ひと夏の思い出に、ぜひ薄物の世界を体感してみてください!