南部絞りとは?紫根染・茜染の歴史と染色方法、着物の格やTPOについて解説

南部絞りとは?紫根染・茜染の歴史と染色方法、着物の格やTPOについて解説

「南部絞りって何?」
「歴史や特徴は?」
「南部絞りの着物はどんなコーディネートが似合うの?」

盛岡市を中心にした岩手県南部と秋田県の一部で作られていた南部絞り。
天然染料とは思えないほどきれいな色は、引き込まれるような美しさと見ていて飽きないやさしさがあります。

現在も上品で落ち着きのある紫や茜の色と、手仕事によって生み出される素朴な絞り模様で人気の高い南部絞りですが、製法や技法が完全に失われた時期があったことをご存じでしょうか?

今回は見事復活を遂げた現在も貴重といわれている理由も合わせ、南部絞りをご紹介します。
最後には着用する際のコーディネートも紹介していますので、ぜひ参考にしてください。

南部絞りとは?

南部絞りとは、南部藩(岩手県南部と秋田県の一部)で作られていた絞り染めです。
原料となるムラサキやアカネが採れる南部地方は、良質な紫根染(しこんぞめ)や茜染(あかねぞめ)の有名な生産地でした。

地元の職人の手仕事で作られているため、温かみのある素朴で美しい柄と、年を経るごとに変化していく色が魅力です。
大枡・小枡・立涌などの伝統柄以外にも、近年考案したものを含めると800もの種類があります。

手絞りで行われる南部絞りは、すべてが一点もの。
天然染料で染められた色の濃淡も特徴で、一つ一つ異なる色ムラが味わい深いと、現在も高い人気を集めています。

鎌倉時代から続く歴史ある草木染物

草木染が南部地方に伝わったのは、鎌倉時代より前といわれています。

昔は日本のいたるところでムラサキが自生していたため、紫根染も日本各地で行われていました。中でも南部地方は良質なムラサキの産地でした。

日本で紫は、聖徳太子が冠位十二階で制定し、平安、鎌倉、江戸時代と長く尊ばれていた高貴な色です。
江戸時代には庶民にも人気になった紫の良質な産地として、「京紫」や「江戸紫」のように「南部紫」と呼ばれました。

南部藩の後ろ盾を得て生産されましたが、別の染料で染めた「偽紫(にせむらさき)」が登場します。
明治時代に入ると藩の保護も解かれ、追い打ちをかけるかのように海外から安い化学染料が入ると、高価な南部絞りの需要は激減し、盛岡地方の伝統技法は完全に途絶えてしまいました。

失われた伝統技法の復興と『南部紫根染研究所』

製法や染め方も失われてしまった南部絞りでしたが、1916(大正5)年に県が中心となって呼びかけ、研究を開始します。
復興の中心になったのが、2年後に設立された「南部紫根染研究所」です。

県工業会の役員や工芸学校の先生が文献を調べ、紫根染の技法が残されていた秋田県の技術者を招いて学び、昔と同じ紫根染製品の生産が復活します。
苦心の末にできた紫根染は、出展した東京大博覧会で二等賞を取り、新聞でも取り上げられるなどの評価を得ました。

その後、南部紫根染研究所の初代主任技師だった藤田謙氏が「草紫堂」を創業。
伝統柄に加え新しいデザインを作り出し、将来を見据えて品質を保ったまま化学的技法も取り入れるなど技術開発と技術者養成にも尽力しました。
「南部しぼり」は草紫堂で商標登録され、手絞りと染め色の美しさは、現在も国内外で人気となっています。

宮沢賢治『紫紺染めについて』

東京大博覧会にも出展され二等賞を取るまでに苦労した話は、宮沢賢治著『紫紺染めについて』に記されています。

宮沢賢治は岩手県花巻市生まれ。農学校で教師を勤めるかたわら創作活動を行っていましたが、肺結核が悪化し、急性肺炎により37歳の若さで亡くなった詩人・童話作家です。
農業関連の化学的知識を教える私塾を設立するなど、農業指導の活動にも尽力しています。

南部紫根染研究所の設立に関わっていた盛岡高等農林学校は、19歳で入学し研究生として約5年間在籍した学校です。
宮沢賢治も復興の様子を間近に見ていたと考えられています。

淡々と語られる短いエピソードですが、紫根染めを復活させ後世に残そうという強い気持ちが伝わってくるお話です。
青空文庫でも公開されている短編作品なので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

南部絞り染めの種類と稀少な理由

南部絞り染めの種類は以下の2種類です。

・紫根染
・茜染

一度は製法が途絶えたもののさまざまな人の努力により復活した南部絞りですが、現代でも稀少さは変わっていません。
理由は栽培と染色の難しさです。

南部絞り染めの代表である紫根染と茜染をご紹介しながら、呉服屋さんでも見れたら珍しいと言われる理由について解説します。

紫根染

深く温かみのある紫が特徴の紫根染は、藍染・紅花染と同じ日本三大色素の1つで、万葉集にも記述があるほど日本に古くから伝わる草木染です。

桔梗に似たムラサキという植物の根を天日干しにした紫根を原料に染めています。
ムラサキはかつて全国に自生していましたが、移植も発芽も難しく、現在は環境省に指定されている絶滅危惧種です。
同じ土地での連作にも不向きで、海外産の紫根も使用されています。

染色方法では、特に温度に注意が必要です。
高い温度では赤黒い紫色になるため、約60℃の温度で染色します。
染料液の揮発を防ぐために密封容器での保管や、思った色を出すための媒染剤の取り扱いなど、職人技が必要な染色方法です。

茜染

茜染は、晴れた日の夕焼け空の色をしているのが特徴です。
紫根染と同じく古くから日本にある草木染で、万葉集で額田王の歌に登場しています。

原料はつる性植物であるアカネの根。
手間がかかるため、染色は専門の職人でないと難しいといわれています。

茜染特有の美しい色を出すためには古い茜根は使用できず、媒染や染色を何度も繰り返さなければなりません。
イメージ通りの澄んだ茜色に染めるのが難しく、廃れていた時期もありました。
現在も日本国内で茜染を生産する染物屋はほとんどなく、稀少価値の高い草木染です。

南部絞りの染色工程

南部絞りはすべてが手仕事です。多くの職人の手を渡り、南部絞りが作られる工程をご紹介します。

1.原反
2.精錬・糊抜き
3.下染め
4.枯らし
5.型彫り
6.型付け
7.縫い絞り・鹿子絞り
8.検査
9.紫根突き~染色
10.絞り解き
11.巾出し・仕上げ

原反

始めに使用する布地を決めます。
南部絞りで用いられるのは絹と織。絞りを施しやすい薄手で丈夫な別注織の布を使用します。

精錬・糊抜き

使用する生地を精錬し、余分な油分や糊を取り除く作業を行います。

下染め

次がニシゴリという植物の灰汁などで作った媒染液に布を浸す工程です。
古代の技法では、サワフタギという木の灰を使用します。
100回以上繰り返すこともある根気のいる作業です。

枯らし

下染めの媒染液が布地に定着するまで半年〜1年寝かせ、『枯らし』ます。

型彫り

型彫りは、小刀などを使い、柿渋を塗った和紙に描かれた図柄を切り抜いて型紙を作る工程です。
現在南部絞りの特徴ある独特の図柄は、約800種類といわれています。

型付け

型彫りで作った型紙を、枯らし工程の終わった生地にのせ、青花という染料で文様を描く工程です。

縫い絞り・鹿子絞り

型付けを終えると、糸で括る縫い絞りの工程に入ります。
地元を中心に約数十人の職人が担っており、絞りはすべて手作業です。
模様によっても異なりますが、3ヶ月~半年、長いと1年以上かかります。

検査

絞りが終わったら、巻き方の不備や絞り残しがないかの確認を徹底して行います。

紫根突き~染色

臼でついた紫紺や茜を熱湯で抽出・ろ過した染色液に生地を浸ける工程です。
染色を1時間おきに12回も繰り返して発色を促し、定着させます。
独特の風合いと色に仕上げるため、3〜5年ほどの熟成期間が必要です。

絞り解き

生地が乾燥したら、絞りの糸を一つ一つ解いていきます。

巾出し・仕上げ

最後に水洗いや乾燥をし、作業工程で収縮した布の幅や長さを戻す巾出しを行えば、南部絞りの完成です。

南部絞りの着物とTPO

ここからは、南部絞りの着物を着用するときに気になるTPOや格、コーディネートをご紹介します。
古くは若い人向きといわれてきましたが、華やかで深みのある色が人気となり近年は年齢を問わず楽しめる着物です。ぜひ参考にしてください。

基本的には『小紋』感覚の着物

南部絞りは基本的に小紋と同じおしゃれ着と考えてコーディネートを考えましょう。

絹か綿で作られる南部絞りですが、現在綿製品の製造は行われていないため在庫のみといわれています。
小紋に近い着物が多く作られているものの、古くは訪問着や振袖も生産されていたため、デザインや柄での判断が必要です。一部の柄は、フォーマルな場面に袋帯と合わせて着用できます。

少し格が必要な場からカジュアルな場面まで、TPOに合わせてコーディネートが楽しめるのがおしゃれ着です。
お茶会や観劇など華やかな装いにも重宝します。

全体のコーディネートを考えると、帯の色でメリハリをつけたほうがまとまった印象になっておすすめです。
白や黒などのモノトーンや補色となる色(紫根染なら黄色など)、ポイント柄のはっきりしたものが似合います。帯は着物と同系色にして、帯締めをポイントにするのも素敵ですね。
着物にクセがない分、帯によって変化が楽しめる着物です。

着物の格についてはこちらの記事で詳しく解説しています。

染め帯はカジュアル向け

南部絞りの帯は、柄がポイントで使われているデザインもありますが、染めの名古屋帯が大半です。帯全体に柄がある全通柄なので、柄を気にせず締められるのは嬉しいポイント。
小紋や紬の着物に合わせてカジュアルに使えます。

南部絞りの帯を着用するなら、帯を主役にしたコーディネートがおすすめです。
クリーム色や藍色、グレーなどの色で全体が落ち着いているデザインの着物に合わせれば、帯の素朴な絞り柄や深みのある色が引き立ちます。

ぼんやりとした印象にならないよう、帯締めや帯揚げに補色となる色を使うとコーディネートのワンポイントにもなりますよ。

帯の種類や格についてはこちらの記事で詳しく解説しています。

まとめ

岩手県南部と秋田県の一部に伝わる南部絞りは、紫根染と茜染が代表的な絞り染めです。

江戸時代までは高品質で知られる産地でしたが、一度は完全に技術が途絶えた歴史を持ちます。現在も色の濃淡の美しさや手仕事による柄の素朴さが楽しめるのは、復興に携わった方々の尽力があってこそ。

原料となる植物の栽培の難しさや染色の繊細で高度な技術が必要なため、現在でも稀少価値の高い着物です。
南部絞りに出合えた時は、色や柄に込めた職人の心意気と真心を楽しみましょう。