長井紬をご存じでしょうか?
山形県長井市で今も生産されている織物です。長井紬は琉球産の織物に似た、鮮やかな紋様が特徴で、「置賜紬」の名前で国の伝統的工芸品にも認定されています。
しかし、
「長井紬なのに置賜紬ってどういうこと?」
「なぜ名前がいくつもあるの?」
など、疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、長井紬についてまとめました。基本情報に加え、間違えやすい紬との違い、製造工程なども解説します。最後には体験ができる施設もご紹介していますので、ぜひ最後までご覧ください。
▼紬の着用シーンについて知りたい方は、ぜひこちらの記事をご覧ください。
この記事の目次
長井紬とは?
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長井紬は、山形県長井盆地周辺で生産されている織物です。琉球絣にも似た鮮やかな紋様が特徴で、「米琉(よねりゅう)紬」とも呼ばれています。
手括りや摺り込み染めで絣紋様が織り上げられており、麻の葉や亀甲などの大柄な柄が多く見られます。紺やグレー、ブラウンなどの落ち着いた色使いが主流で、さまざまな帯や小物と合わせやすいのが魅力です。
素朴な風合とコーディネート次第でいろいろな着方ができることから、幅広い年代の方に愛されています。フワッとした柔らかな風合いと、キリッとした艶やかさを併せ持っている紬です。
絣文様が特徴の先染めの着物
長井紬は、絣模様が特徴です。絣は織る前に糸を染め、染めた糸をあり合わせてさまざまな紋様を表現します。染めた糸(絣糸)を緯糸だけに使う「緯絣(よこがすり)」や、経糸緯糸両方に使う「経緯絣(たてよこがすり、または併用絣)」によって織りだされる紋様のバリエーションは豊富です。
長井紬は琉球産の織物に強い影響を受けたことでも知られて、米沢琉球紬を略して『米琉紬』とも呼ばれています。井桁(いげた)や鳥など、目をひく鮮やかな絣模様が特徴です。
絣糸を染色するには「括り」が一般的ですが、長井紬では「擦り込み染め」も使われています。染色した糸に竹べらを使って色を擦り込む方法で、着物には柔らかさが生まれているのです。
『置賜紬』に分類される長井紬
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長井紬は「置賜紬」の名前で国の伝統的工芸品に指定されています。
「置賜」は、長井を始め米沢・白鷹を含めた置賜地方を指す言葉です。「置賜紬」は山形県内3地域で伝承される織物の総称で、長井紬以外にも米沢紬や白鷹紬など異なる特徴を持つ紬も含まれます。
特にわかりにくい置賜紬・米沢紬・紅花紬の3つと長井紬の違いを以下にまとめました。
紬の名前 | 産地 | 特徴 |
長井紬 | 山形県長井盆地周辺 | ・琉球紬に似た鮮やかな絣模様 ・落ち着いた色合い |
置賜紬 | 山形県置賜地方(米沢市・長井市・白鷹市の3市) | 米沢、白鷹、長井の3つの地それぞれ技法や特徴が異なる |
米沢紬 | 山形県米沢市 | ・植物由来の染料を使用する場合が多い ・紅系の色や黄色、オレンジなど淡い色合いが多い |
紅花紬 | 山形県米沢市ほか | 染色に紅花を使用した糸で織りあげる |
置賜地方で作られた紬が長井紬を示していたり、置賜地方を代表して米沢紬と呼んだりするケースもあるため、呼び方だけで産地を判断するのは注意が必要です。
もし判断できない場合は、織物に添付されている証紙を確認しましょう。
特に置賜伝統織物組合が発行する証紙は、産地や織物の名称に加え、染色方法や製織方法までチェックボックスでわかる仕組みになっています。
証紙で確認できる内容を把握しておくと、製造技法や品質を自分で確かめられるのでおすすめです。
▼置賜紬に登録されている各産地ごとの紬については、こちらの記事で詳しく解説しています。
▼米沢紬や紅花紬との違いについて知りたい方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。
米沢紬のURLをお願いします
長井紬の歴史
素朴さと艶やかさで根強い人気の長井紬ですが、現代まで順風満帆だったわけではありません。江戸時代に農家の副業として始まり、庶民とともに歩んできた歴史をご紹介します。
上杉鷹山による養蚕の奨励
長井紬の産地である長井盆地周辺と、その周辺に広がる置賜地方は、江戸時代のはじめ頃にはすでに織物の原料となる青苧(あおそ)を栽培し、越後地方など日本各地へ出荷していました。
原料の一大産地から変化が訪れたのは江戸時代後期です。第9代藩主上杉鷹山公が自給自足の織物生産地へ転換をはかり、青苧で麻織物の生産を開始。さらに養蚕も始め、絹織物も作るようになります。
新潟の指導者による絣の伝播と『米琉絣』のはじまり
徐々に絹織物の生産が盛んになる中で、琉球の織物に影響を受けた米琉紬が織られるようになったのは、江戸末期江戸時代です。
当時琉球の絣織物は、薩摩藩を通して大阪や江戸、ひいては日本各地の織物産地に伝わっていました。特にいち早く琉球の影響を受けたのが越後(新潟)です。
長く原料の供給地だった米沢藩は、越後と密接な関係を築いていました。1886(明治19)年にも新潟十日町から指導者を迎えたという記録が残っており、長井にも琉球の技術や紋様が伝えられたと考えられています。
その後、長井では琉球の紋様をかけ合わせた独自の紬が発展。長井紬や米琉絣の名は、大正から昭和にかけて全国に知れ渡るようになりました。
『置賜紬』として伝統的工芸品へ指定
全国でも有名になった長井紬ですが、戦中・戦後の混乱を経て、時代の大きな波に翻弄されます。化学繊維や輸入品などの安価な素材が入り、織りも機械化が進んだためです。
逆境の中でも、置賜地方では変わらず職人が技法や技術を守り続けていました。
紬の保護や発展のきっかけとなったのが、1974(昭和49)年に国が伝統的工芸品を保護する「伝産法」の交付です。2年後となる1976(昭和51)年、長井紬も「置賜紬」のひとつとして国の伝統的工芸品に指定されました。
長井では現在も貴重な技術が受け継がれています。さらに普段づかいができる機械織りのカジュアルな紬も生産。特に戦後一般的になった手摺り込みによって柄や色遣いの選択肢が増え、近年では明るい色の生地の生産も増えています。
長井紬の技法と定義
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長井紬で国の伝統的工芸品に認定されているのは、「緯総絣」と「経緯併用絣」の2種類です。先染めの平織りは共通していますが、それぞれ定義が異なります。
糸の染色方法から織り方まで指定されており、どれかひとつでも満たさなかければ、伝統的工芸品に認定されません。ここからは、長井で作られている紬の中でも、伝統的工芸品に指定される条件を見ていきましょう。
緯総絣
緯総絣で決められている技法や工程は以下の通りです。
※水より:糸を水に通してから撚りをかける方法。糸を強く撚りやすくし、毛羽立たずになめらかな糸にする。
緯総絣の名の通り、絣糸は緯糸に使用されています。
中でも特徴的なのが染色方法です。手括りは白く残す部分を別の糸で巻きつけて、手摺り込みは専用のヘラで糸に染料を摺り込んで、それぞれ染めていきます。型紙捺染は模様を彫った型紙を使って染めていく方法です。
経緯併用絣
経緯併用絣で定められている技法や工程は以下の通りです。
条件はほとんど緯総絣と同じですが、絣糸を緯糸と経糸の両方に使うよう決められています。
緯総絣も経緯併用絣も、すべての条件を満たした製品には国の伝統的工芸品を証明する「伝統マーク」が添付されます。
長井紬の製造工程
緯総絣と緯経併用絣では、絣糸の使用に違いはありますが、製造工程はほぼ変わりません。
図案を作り完成に至るまで、職人が手作業で行っています。どれも丁寧さと根気のいる工程です。
ここからは大きく7つの工程に分けて、長井紬の製造工程を簡単にご紹介します。
図案作成
長井紬を作る最初の工程は、図案の作成です。絣のデザインを決め、意匠紙に描き込んでいきます。
製糸
製糸は、繭から糸を繰り、数本集めて1本の糸にする工程です。
長井紬では、真綿紬糸、玉糸、座繰り糸の3種類を使います。
真綿紬糸は真綿からつむいで作られた糸です。玉糸は二匹の蚕が共に作った一つの大繭から取り出した糸で、ところどころ小さな節があります。座繰り糸は昔ながらの方法で製糸された絹本来の風味を持った生糸です。
玉糸と座繰り糸は長井独特の「水より」を行い、必要な太さに合わせて経糸と緯糸用の絣糸を作ります。
墨つけ
墨付けは、糸に墨でデザインを描いていく工程です。染料が染み込まないようにする箇所に墨で印をつけ、括る場所の目印にします。
絣くくり
白く表現したい部分を、別の糸で括る工程です。墨付けされた場所を目印に括っていきます。
括りが終わったら染色です。染めた後に括った糸をほどくと、その部分は染まらず白く残ります。
摺り込み(染色)
絣に色を入れる場合はそれぞれ色を入れるために、摺り込みによる染色を行います。織り上げられたときに鮮やかな柄や色使いになる大切な工程です。
括り染色後の絣糸を専用の台にかけ、配色にしたがって手作業で染料を摺り込んでいきます。ムラにならないように図案の指示通りの色を職人がひとつひとつ染色しなければなりません。とても細かく、丁寧さが求められる作業です。
製織
糸の準備ができたらいよいよ織りの工程です。経糸・緯糸それぞれ1本ずつかけた織機で、経糸と緯糸の絣が合うよう目で確認しながら丁寧に織り上げていきます。
製品検査
織りあげられた長井紬は、検査場で厳しい検査を受けてから市場に出回ります。
長井紬を見学・体験するには?
残念ながら、長井紬の生産工房では見学・体験を行っていません。しかし、同じ置賜地方である米沢や白鷹の工房は見学や体験が可能です。
長井紬とルーツを同じくする紬を近くで見ることで、技術の貴重さや難しさを実感できます。作品を持ち帰れる体験も多いので、山形県へ行く際にはぜひ訪ねてみてください。
米沢織物歴史資料館
米沢にある米沢織物歴史資料館の1階「おりじん」では、無料で機織り体験ができます。作品は持ち帰れませんが、ふらっと立ち寄れるのが魅力です。
旅行がてら、気軽に機織りをしに訪ねてみてはいかがでしょうか?
▼施設概要
住所 | 米沢市門東町1丁目1-87(米織会館) |
アクセス | 米沢駅からバス「上杉神社前」で下車徒歩5分 |
営業時間 | 9:00~17:00 【おりじん】9:30~16:30 |
休館日 | 年末年始(12月29日~1月1日)
【おりじん】 |
入場料 | 高校生以上 300円 中学生以下 200円 |
TEL | 0238-23-3006 【おりじん】0238-23-3525 |
その他特記事項 | 機織り体験は予約不要・無料ですが、持ち帰りはできません |
染織工房わくわく館
米沢にある染織工房わくわく館では、織物と紅花染2つの体験ができます。
完成までスタッフの指導を受けられるので安心です。シルクや綿100%の生地を使った自分だけの作品はすぐに持ち帰れますので、ぜひ旅の思い出に立ち寄ってみてください。
▼体験の詳細
織物体験 | 紅花染体験 | |
作品・料金(税込) | ・コースター:1,320円 ・テーブルセンター:3,300円 ・テーブルマット:4,400円 ・ミニタペストリー:5,500円 ※どれも絹100% |
・ハンカチ:1,320円 ・スカーフ(ショート):3,300円 ・スカーフ(ミドル):6,600円 ・スカーフ(ロング):11,000円 ※ハンカチは綿、スカーフは絹100% |
体験の流れ | ①好みの糸を選ぶ ②①の糸をセットする ③配色を考えながら手織り機で織る ④仕上げ |
①染める色を選ぶ ②絞りの技法を使って柄を作る ③①で選んだ染色液に浸して染めていく ④仕上げ |
最大催行人数 | ~5人 | ~40人 |
予約 | 予約必須。ホームページ・電話・メール ※人数が多い場合は電話またはメールで問い合わせ。 |
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予約申し込み期限 | 希望日の7日前17:00まで | 希望日の3日前17:00まで |
▼施設概要
住所 | 米沢市御廟1-2-37 |
アクセス | ・JR米沢駅からタクシーまたは車で約8分 ・東北中央道「米沢中央IC」から車で約15分 |
営業時間 | 9:30〜16:30 |
休館日 | 水曜日 ※12月~3月は日曜日、祝日が臨時休業 |
TEL | 0238-24-0268 |
FAX | 0238-49-8686 |
メール | info@wakuwakukan.co.jp |
その他特記事項 | ・駐車場あり(乗用車10台、大型バス2台) ・伝統工芸士が直接指導する染め織講座「織りの学び舎」も開催(詳細はこちら) |
小松織物工房
白鷹町にある小松織物工房では、工房見学に加え「紅花染め」と「白鷹紬機織」2つの体験が可能です。どちらの体験も職人による丁寧な指導を受けながら進められます。
白鷹は長井紬と同じく、明治時代中期まで「米琉紬」を生産していました。しかし、途中で招いた職人から伝えられた「板締め染め」により、独自の織物に発展した歴史があります。
伝統を継承し、白鷹紬や白鷹御召を生産している小松織物工房では、貴重な伝統技術にも触れられますよ。
▼体験の詳細
紅花染め体験 | 機織体験 | |
作品 | ・ハンカチ ・ストール など |
・コースター ・しおり |
料金(税込) | 1,200円~4,000円 | 1,000円/1人 |
所要時間 | 30分~1時間 | 15~30分 |
催行人数 | 5~60人 | 1~10人 |
予約 | 予約必須。電話もしくはFAXで。 | |
予約申し込み期限 | 希望日の7日前17:00まで | 希望日の3日前17:00まで |
▼施設概要
住所 | 山形県西置賜郡白鷹町大字十王2200 |
アクセス | 【電車】 山形鉄道フラワー長井線「荒砥駅」よりタクシーで約10分 【車】 |
駐車場 | あり 予約不要・無料 |
営業時間 | ー ※体験の予約は予約の際に希望日時を伝える |
TEL | 0238-85-2032 |
FAX | 0238-85-2032 |
ホームページ | https://komatsu-orimono-kobo.com/ |
その他特記事項 | ・支払いは当日現金のみ。 ・白鷹紬機織体験も開催(1,000円/1人/15~30分) |
▼今は白鷹だけになってしまった貴重な「板締め染め」など、白鷹紬について気になった方はこちらの記事もご覧ください。
まとめ
山形県の長井盆地周辺で今も生産されている長井紬。「米琉紬」と呼ばれる通り、琉球絣にも似た鮮やかな紋様が魅力です。一見地味に見える色使いも、あわせる帯や小物次第でいろいろな着方ができると、老若男女問わず多くの人に愛され続けています。
近年では現代人の好みにもあった明るい色の反物や、機械を使ったカジュアルな製品なども生産され、変化し続けている織物です。
素朴で、柔らかさと艶やかさを併せ持つ長井紬を身にまとい、着物の醍醐味であるコーディネートを楽しんでみませんか?