京鹿の子絞りの着物とは?格やTPO、伝統工芸としての技法や「絞り風」との違いを解説

京鹿の子絞りの着物とは?格やTPO、伝統工芸としての技法や「絞り風」との違いを解説

「京鹿の子絞りって何?」
「格式や決まりはあるの?」

独特の風合いと繊細で華やかなデザインが魅力の『京鹿の子絞り』。
熟練の職人による手作業で描き出される繊細なデザインや華やかな総絞りは、感嘆のため息をついてしまう美しさです。

最近ははっきりとした色味だけでなく、淡い色の訪問着や落ち着いた雰囲気の小紋もあり、幅広い世代の方に人気となっています。
手間と時間がかかるため高価な場合が多く、憧れている方も多いのではないでしょうか?

今回は、京都の伝統工芸品『京鹿の子絞り』をご紹介します。
種類ごとに格の違いも解説していますので、ぜひ参考にしてくださいね。

京鹿の子絞りとは?

京鹿の子絞り(きょうかのこしぼり)は、京都府で作られている絞り染め製品です。
布を糸でくくって染色されるのを防ぎ、色の濃淡で模様を作り出します。
染め上がりが小鹿の斑点に似ていることから、「京鹿の子絞り」と名づけられました。

括った粒の細かさやデザインの複雑さは、京鹿の子絞りの特徴です。
技法ごとに異なる表現力でデザインされた着物からは、手作業の繊細さと熟練度が伝わってきます。
絹地に糸で括った名残りから生まれる立体感は、絞り染め独特の風合いです。

1976年には国の伝統工芸品に指定されました。

同じく日本の絞り染め2大産地である有松・鳴海絞りとの違いは、布地と下絵にあります。
木綿に絞り染めをする有松・鳴海絞りに対して、京鹿の子絞りは絹です。
有松・鳴海絞りでは下絵を使わず括り作業を行う技法が多いですが、京鹿の子絞りは下絵に忠実に括りの作業を施します。

江戸時代が最盛期の伝統技法

古くから世界各地で行われてきた絞り染めは、仏教などとともに日本へも伝わり、6〜7世紀には全国各地で行われていました。
平安初期の歌人が万葉集で絞り染めについて詠ったのが、残っている最古の記録です。

10世紀に宮廷衣装のデザインに使われ、室町時代から江戸時代初期にかけて「辻が花染(つじがばなぞめ:絞り染めを基本として刺繍や絵などを併用したもの)が流行します。
各地で広がった絞り染めの中で京都で確立された京鹿の子絞りは、江戸時代中期となる17世紀に最盛期を迎えました。

その後、贅沢品だった絞り染めが姿を消す危機が訪れます。江戸時代に発令された贅沢を禁止する奢侈禁止令(しゃしきんしれい)が原因です。
しかし、困難があっても京鹿の子絞りは綿々と受け継がれ、現在も古くから伝わる高度な技術を伝え続けています。

伝統工芸品『京鹿の子絞り』の特徴

国の伝統工芸品に指定されている京鹿の子絞りも、すべてが伝統工芸品を名乗れるわけではありません。
国が定めた厳しい基準を満たす必要があります。
基準は原材料や染色方法までさまざま。括りの技法は、布のつまみ方や糸の巻く回数まで種類ごとに細かく定められています。
(参考:京鹿の子絞の技法 | 京鹿の子絞振興協同組合

伝統工芸品とすぐにわかる証が「伝統証紙」です。
伝統工芸品産業振興会が発行しており、産地の検査で合格した製品にのみ添付が許されるため、品質を保証するシンボルマークになっています。

伝統証紙とは別に京鹿の子絞りに添付されているのが「産地証明」です。
製品の産地が京都であることを証明するため、京都絞工業協同組合または京鹿の子絞協同組合が発行しています。

京鹿の子絞りの製品が京都で作られた伝統工芸品か判断に困った場合は、「伝統証紙」と「産地証明」を目安にしましょう。

京鹿の子絞りの代表的技法

京鹿の子絞りの技法は全部で50種類以上あると言われています。特に代表的な技法は以下の3種類です。

  • 疋田絞り(ひったしぼり)
  • 本疋田絞り(ほんひったしぼり)
  • 一目絞り(ひとめしぼり)
  • 括りの技法は1人の職人につき1種類のみ。下絵に沿って作り出される巧みで繊細な括り粒に、職人の誇りと歴史の重みを感じます。

    疋田絞り

    鹿の子絞りの中で特に有名な技法である疋田絞りは、布目に45度の角度ですき間なく詰まっている鹿の子模様が特徴です。

    爪より小さな面積の布をつまみ、絹糸で3〜7回巻いて括る作業を繰り返して作られます。糸巻の回数は伝統工芸品の技法にも定められている条件の1つです。
    1枚の着物で12万〜30万粒もの括り作業が必要と言われています。

    本疋田絞り

    本疋田絞りは、疋田絞りの中で最高峰と称される技法です。
    布目45度で入る鹿の子模様は疋田絞りと同じですが、模様の粒の数や目の細かさで分けられています。

    使用する絹糸が細く強く締められる本疋田絞りは、中央の点が小さく染まらずに残る白い部分が多いのが特徴です。
    疋田絞りが4回巻きが多いのに対して、本疋田絞りは7回以上と言われています。

    一目絞り

    一目絞りは、鹿の子絞りで線を描くときに用いられる技法です。
    絹糸で2回巻き締めて括る作業を、3.8㎝(一寸)に10〜15粒ほど施します。疋田絞りと併わせて使用する場合は、最初に行われる作業です。
    「人目絞り」とも記され、「目交」や「目染」とも呼ばれていました。

    京鹿の子絞りの製作工程

    京鹿の子絞りの製作工程は以下の8段階です。

    1. 構図・デザイン
    2. 下絵型彫(したえかたほり)
    3. 下絵刷込(したえすりこみ)
    4. 絞括(しぼりくくり)
    5. 漂白
    6. 染め分け
    7. 染色
    8. ゆのし仕上げ

    デザインにもよりますが、総絞りの場合にかかる期間は1年以上。
    多くの職人の手を渡り、1つ1つの作業に丹精を込めて京鹿の子絞りは作られます。

    構図・デザイン

    はじめに行われるのは、製造問屋と絵師による構図やデザインの決定です。
    絵師は決められた構図に従って、着丈・見ごろにデザインがくるように下絵を描いていきます。

    下絵型彫

    次に、下絵に沿って型紙に小さな円や細い縁を彫り、下絵用の型を作ります。

    下絵刷込

    下絵刷込は、布地に刷毛で下絵を刷っていく作業です。
    布地に刷り込まれた円や線を見れば使用する技法がわかるようになっており、加工技術を指示する役割を担っています。
    使用する染料は、伝統工芸品の基準にも定められている「本青花(ほんあおばな)」です。型紙を使用する以外に、直接手で描く場合もあります。

    絞括

    絞括は指先と絹糸を使用して括る作業です。1粒ずつ糸で3〜7回括り、模様を作っていきます。
    最も技術と時間を必要とする工程で、技法ごとに専門の職人が担当。
    京鹿の子絞りは、1粒1粒の小さな絞り模様が集まって作られていくため、仕上がりを左右する重要な工程です。

    漂白

    絞括の工程が終わると、下絵で布に刷り込んだ青花や汚れを漂白します。

    染め分け

    染色の前に行われる染め分けは、複数の色で布を染めるために染まる部分と染まらない部分を分ける工程です。
    大きく分けて「桶絞り(おけしぼり)」と「帽子絞り(ぼうししぼり)」の2種類があります。

    桶絞りは、染めたくない部分を専用の木桶に入れて密封し、染料の中に木桶ごと浸していく技法です。帽子絞りは染めたくない部分を竹やビニールでカバーし、糸で強く巻いてから染色します。
    「桶屋」と呼ばれる専門の職人が担当し、仕上がりを左右する重要な工程です。

    染色

    染め分けが終わると、染色作業に入ります。
    1回につき1色しか染められないため、複数の色で染める場合は色数の分だけ染めの工程を繰り返します。
    染色方法は、染料に布を浸して染める「浸染(しんせん)」です。細かい染色が必要な部分には筆を使用する場合もあります。
    括る職人によっても力加減が異なるため、クセを知り尽くした熟練の職人による細かな調整が必要な工程です。

    ゆのし仕上げ

    最後の工程がゆのし仕上げです。括られた糸をほどき、蒸気をあてて手作業で不要なシワを取り除いていきます。
    一定の幅に仕上げる「幅出し(はばだし)」を行い、絞りの風合いを残したら京鹿の子絞りの完成です。

    京鹿の子絞りの着物・帯とTPO

    ここからは京鹿の子絞りの着物と帯を種類と格式別にご紹介します。

  • 老舗『藤娘きぬたや』総絞り振袖
  • 老舗『藤娘きぬたや』総絞り訪問着
  • 老舗『藤娘きぬたや』総絞り小紋着尺
  • 総絞りが贅沢な名古屋帯
  • 身近な総絞り・帯揚げ
  • 手間暇かけて作られる京鹿の子絞りは、種類によって格式が異なります。
    お値段が高いからといって必ずしも格式が高いわけではないので注意が必要です。

    木綿の絞りは一般的に「普段着」となりますが、絹は手間と時間がかかるため格式の高い着物に分類されます。
    最近は1枚の絵になるように模様が描かれる絵羽模様を用いて、格式が最も高い振袖や訪問着も多く作られるようになりました。

    豪華な絞りの着物は、場の雰囲気も華やかにしてくれます。
    しかし、TPOを間違えると周囲から浮いてしまう可能性もあるため、しっかり把握して絞りの着物を楽しみましょう。

    老舗『藤娘きぬたや』総絞り振袖

    絞り染めの老舗メーカー『藤娘きぬたや』の総絞り振袖です。
    振袖は未婚女性の第一礼装なので、結婚式や成人式などのフォーマルな式典にも参加できます。

    グリーンの地に花や蝶が鮮やかな色でデザインされた着物です。
    全体的に落ち着いた印象を受けますが、絞りの技法で正確に描き出された絵柄から華やかさも感じられます。
    身に着ける女性を引き立てる上品さのある振袖です。

    こちらも『藤娘きぬたや』の振袖です。
    京鹿の子絞りの特徴である疋田絞りや一目絞り、小帽子絞りを贅沢に施しています。
    赤と黒の桶絞りがデザインされ、まさに京鹿の子絞りの技術が詰まった振袖です。
    古典柄でありながら、ぱっと目を引く色遣いにどこかモダンさも感じられます。

    老舗『藤娘きぬたや』総絞り訪問着

    総絞りは華やかで若者向けとイメージされがちですが、落ち着いた色の絞り訪問着も多く作られています。
    訪問着は既婚・未婚問わず女性が着用できる準礼装です。

    『藤娘きぬたや』の総絞り訪問着は、落ち着いた淡いうぐいす色です。
    細かく全体に鹿の子絞りを施し、本疋田絞りを含む技法で椿の花がデザインされています。

    1枚の絵のような絵羽模様の訪問着は格式が高く、特に結婚式や披露宴などのフォーマルな場面で活躍してくれます。

    老舗『藤娘きぬたや』総絞り小紋着尺

    京鹿の子絞りは、カジュアルに着られる小紋も作られています。
    柄や模様があしらわれた小紋は、「外出着」として観劇やカジュアルなパーティーなどに着用できます。

    こちらは、全体に絞り技法で扇子文様が描かれた小紋です。
    シックな深いうぐいす色が、さらに落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
    帯合わせによって印象が大きく変わるため、着回しのいいデザインです。

    総絞りが贅沢な名古屋帯

    絞りは着物だけでなく、帯にも使われています。
    名古屋帯はカジュアル向きなので、小紋や紬に合わせるのが一般的です。
    帯の中では『染めの名古屋帯』に分類されます。

    こちらは『藤娘きぬたや』の名古屋帯です。
    色合いが上品で、染と織どちらの着物にも合わせられます。
    絞りによる陰影が立体感が出て、落ち着いた色でありながら華やかさと上品さが感じられる帯です。

    身近な総絞り・帯揚げ

    『総絞りの帯揚げ』は、七五三や成人式の振袖に合わせる帯揚げとして昔から定番です。
    絞りの帯揚げは独特の陰影で立体感が生まれ、豪華なデザインの多い振袖にも負けない存在感を示します。
    若い方にぴったりな華やかさが感じられる帯揚げです。

    振袖だけでなく、訪問着から小紋までカジュアルにもフォーマルにも幅広く着用できます。
    カラーバリエーションも豊富なので、コーディネートのアクセントにも役立ちそうです。

    『京鹿の子絞り』と『絞り柄』の違い

    『京鹿の子絞り』と『絞り柄』の違いは以下の通りです。

  • 伝統工芸品ではない
  • 気軽に買える『絞り柄』
  • 『シワ加工』が施された絞り柄も
  • ここまでは伝統工芸品の京鹿の子絞りをご紹介してきました。
    ここからは、それ以外の絞りや『絞り風』『疋田柄』などと呼ばれている着物との違いを解説します。

    伝統工芸品ではない

    「伝統工芸品『京鹿の子絞り』の特徴」でお伝えした通り、伝統工芸品と名乗れるのは指定された素材・技法を用いた製品のみです。

    例えば、生地が正絹であっても指定の技法を満たしていない場合や、指定の技法で作られていても絹でない場合は、伝統工芸品を示す「伝統証紙」は発行されません。

    「伝統証紙」があるかどうかも、京鹿の子絞りと絞り柄の違いでわかりやすい判断基準です。

    気軽に買える『絞り柄』

    伝統工芸品でないからといって『偽物』というわけではありません。手仕事である『京鹿の子絞り』よりもお値段がお手頃なので、絞り染めの雰囲気を気軽に楽しめるのも大きなポイントです。

    こちらは落ち着いた茶色地に疋田柄に染めています。正絹ではなくポリエステルが使われているため、家で洗えて気兼ねなく街着にできる小紋です。

    いわゆる『絞り柄』と謳われるものは、『絞り風』や『疋田風』とも呼ばれます。
    わかりやすい違いは、凹凸の有無や生地の素材です。柄を型や機械で印刷しているため絞り特有の凹凸がなかったり、生地が生絹ではなくポリエステルだったりします。

    『絞り柄』は江戸時代の贅沢禁止令から生まれたといわれています。
    伝統工芸品ではないからと邪険に思わず、京鹿の子絞りの雰囲気を気軽に楽しみましょう。

    『シワ加工』が施された絞り柄も

    絞り染めの特徴である表面の凹凸を表現するために、シワ加工を施してある製品もあります。
    手絞りとは技法が異なるため、見た目や手触りで判断が可能です。

    こちらは鹿の子で七宝を表現した伝統柄の夏着物です。
    淡いブルーと落ち着いたグレーの縞が、落ち着いた雰囲気と爽やかさを感じさせます。

    シワ加工は、一般的なポリエステルより滑りにくくなるため、着崩れしにくいのも嬉しいポイントです。
    半幅帯と合わせれば浴衣として、名古屋帯を締めれば夏着物としても広く楽しめます。

    まとめ

    千年以上の歴史を持つ『京鹿の子絞り』は、今もなお京都で作られている絞り染めです。
    国の伝統工芸品に指定され、使用する技法・素材が細かく定められています。

    絞り独特の凹凸が生み出す立体感や、繊細な作業を繰り返して作られる緻密な絵柄は、まさに熟練の職人技の賜物です。
    下絵に忠実に行われる括りの工程は、1人1種類の技術を持つ職人の手作業によって1粒1粒生み出されて作られています。

    多くの人の手を渡り、1つの製品が作られる『京鹿の子絞り』を纏い、伝統と歴史、そして職人の真心を感じましょう。