沖縄県の南西に位置する石垣島。
日本屈指のリゾート地でもある石垣島は、まさに南の島という言葉がふさわしい場所です。
石垣島と聞くと、おそらく多くの方が美しい海や豊かな自然、海のレジャー、南国ならではの果物を思い浮かべるのではないでしょうか。
ですが、今回は石垣島の伝統工芸品である八重山上布にスポットを当て、紹介していきます。沖縄や八重山諸島は、実は伝統工芸品の宝庫でもあるのです。
八重山上布とは一体どんなものなのか、特徴や歴史、体験できるスポットを余すことなくお伝えいたします。
是非最後までご覧ください。
この記事の目次
八重山上布とは?
八重山上布とは、石垣島を中心に制作されている布織物のことを指します。
苧麻(ちょま)という植物を原料にしており、さらっとしていて風通しが良く、とても着心地が良いのが特徴です。
また日本五大上布の一つにも数えられており、沖縄だけでなく日本本土でも人気の高い織物でもあります。
伝統的工芸品『八重山上布』
八重山上布は、1989年に国の伝統工芸品の指定を受けています。
伝統工芸品を名乗るには、指定の条件をクリアしなければなりません。
八重山上布の指定条件については以下の通りです。
技術、技法 | 条件 |
織り | 先染めの平織りとすること |
打ち込み | 緯糸の打ち込みには「手投杼」を使用すること |
染色法 | 絣糸の染色法は「手括り」または「手摺りこみ」によること |
原材料 | 苧麻糸または手績みの苧麻糸を使用すること |
この厳しい条件をクリアして初めて、私たちが手にすることができます。
参考、引用 伝統工芸 青山スクエア 八重山上布
八重山上布の特徴
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八重山上布の特徴は麻織物特有のさらっとしていて肌にまとわりつかず、着やすいというところにありますが、さらに詳しく挙げると、
・柄
・染料
・苧麻糸を使用している
・「海ざらし」という技法を用いる
この4つが特徴としてあります。
それぞれ詳しく説明していきますので、ご覧ください。
白地に焦げ茶の大らかな絣模様と古典模様
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一つ目の特徴は、南国らしい絣模様にあります。
八重山上布は白や生成り地に、大胆な絣の模様が入っている姿を想像する方が多いのではないでしょうか。
この図柄はその昔、琉球王府から指示された図案が元になっているようです。これらをアレンジしたり、オリジナルで考案された図案も開発されたりしており、自由な発想で親しまれています。図柄は動植物を模したものや雲などの自然を模したもの、蝶番や弓矢といった生活の中の道具を模したものなど、身近にあるもの自然や物をモチーフに織られているのも大きな特徴です。
参考、引用 白上布、おもに八重山上布の図柄について
八重山に自生する草木で染める
二つ目の特徴は、独特な染料を使用しているという点にあります。
まず、染料は石垣島に自生している植物を使用して染めます。使用される植物は、主にヤマイモ科の「紅露(クール)」と呼ばれる植物です。大きいもので70~80センチにもなり、その断面は鮮やかな赤色をしているのが特徴です。
染料は一般的に植物を煮出したり、発酵させたりして染液を作りますが、紅露は違います。すりおろしてガーゼで漉し、絞った液を天日干しにした後、濃縮させてから使用します。比較的お手軽に染料を作ることができる珍しい植物でもあります。染め上がった直後は真っ赤に染まっているのですが、乾燥させるとだんだん茶色味が増して落ち着いた色に変化していき、私たちが良く知る赤茶色の色になります。
その他にフクギ、ヒルギ(マングローブの仲間)、相思樹(ソウシジュ)、インド藍といった石垣島の植物が使用されています。
参考、引用 銀座もとじ 日本の麻・八重山上布~自然に育まれた素材と技の結晶~|和織物語
苧麻から紡いださらっとした糸
三つ目の特徴は、使用している糸にあります。
八重山上布は、「苧麻(ちょま)」と呼ばれるイラクサ科の植物から糸を作っています。気候が温暖な石垣島では年に4~5回ほど収穫され、中でも5月~6月に収穫できる苧麻はとても良質であることで有名です。
この苧麻から糸を作る作業が大変な労力がかかり、1着分の糸を績むに経糸が約50日、緯糸が約40日も要します。これを職人がひとつひとつ手作業で行うので、いかに重労働であるかが分かりますね。
あまりにも大変な作業であるため、現在はラミー糸(手績みではない苧麻糸のこと)を使用している八重山上布も多くなっています。
また苧麻に関しては宮古上布でも説明しておりますので、併せてご覧ください。
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参考、引用 工芸ジャパン 八重山上布
南の島の特権『海ざらし』の技法
四つ目の特徴は、「海ざらし」を行うところにあります。
海ざらしは八重山上布のみに行われ、織りあがった布を海に浸けるという世にも珍しい技法なのです。
反物が織りあがると、まず1週間ほど天日干しにして乾燥させます。石垣島はスコールが降りやすいため、天候もしっかり見ておかないといけません。せっかく織りあげた反物が台無しになってしまうので、干している間も気を抜くことは許されません。
こうして天日干しを終えた反物を、さらに海に浸していきます。
海にさらすことで染料を定着させ、地色の白を際立たせる効果があります。13メートルもある反物を伸ばして海にさらしている光景はとても圧巻ですが、どこか懐かしい雰囲気が漂います。
参考、引用 銀座もとじ 日本の麻・八重山上布~自然に育まれた素材と技の結晶~|和織物語
八重山上布の着用シーンとコーディネート
八重山上布は手織りのとても素朴な着物です。そのため、年代や性別を問わず、どんな方にも似合う長所があります。
でも、素朴でシンプルな着物だからこそ、どんな物を合わせれば良いのか分からず、悩みますよね。
そんな方のために、八重山上布のコーディネートについて説明していきます。いつ頃着られるものなのか、合わせやすい帯はどんなものなのか、詳しく紹介いたします。
詳しい帯の種類についてはこちらに記載がありますので、ご覧ください。
八重山上布は夏のおしゃれ着物
八重山上布は夏の着物に分類されます。
そのため、活躍するのは7月~8月の盛夏になります。薄くてさらっとしているので肌にまとわりつかず、暑い夏でも快適に過ごせるように作られているのです。
また格はおしゃれ着に分類されますので、ショッピングや食事会など、カジュアルなシーンでお召いただけます。高価な着物ですが、結婚式など格式がある場には着ていけませんので、注意しましょう。
また近年は暑い時期が長引く傾向にありますので、気温や体調に合わせて、決まりにとらわれずに楽しんでくださいね。
白地のシンプルな八重山上布に宮古上布の帯がとてもよく合います。
南の島のさわやかなコーディネートが素敵です。
こちらも白地に同系の帯が素朴で良く合います。
素朴な素材同士を合わせるときは小物でアクセントをつけてあげると粋に着こなせます。
八重山上布に合わせる帯は夏の名古屋帯
八重山上布は夏のおしゃれ着なので、帯も同じように夏の素材の名古屋帯を合わせましょう。
麻の素材や絽、紗、羅の帯が最も適しています。
また博多帯や半幅帯を合わせてもおしゃれで素敵です。おしゃれ着なので、自由な発想でとことんおしゃれを楽しみましょう。
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レース素材の帯は女性らしい印象になります。
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紗の名古屋帯で見た目も着心地も涼しく過ごせます。
麻素材の八重山上布は自宅で洗濯OK
麻の素材の八重山上布は、実は自宅でお手入れができてしまいます。
手洗いかネットに入れて洗濯機の手洗いコースで洗ってあげましょう。基本的には水洗いか中性洗剤で洗ってあげればOKです。
脱水が出来たらしわを伸ばしながら陰干しをし、その後たんすにしまってください。どうしても汚れが落ちにくかったり、気になったりしたらクリーニング店へお願いしましょう。
クリーニングに関する詳しい記事はこちらにもありますので、併せてご覧ください。
八重山上布の歴史
八重山上布はとても古い時代から織られていた歴史ある織物でもあります。
かつては島を代表する産業でしたが、歴史的背景が影響して何度か危機を迎えます。現在の八重山上布になるまで、どのような歴史があったのか解説していきます。
琉球王朝の御用布だった麻織物
石垣島ではなく、琉球王国と呼ばれていた時代までさかのぼります。
「李朝実録」の記述によるとかなり古い時代から織られていたようで、苧麻を使用した織物が琉球王朝に献上されていたそうです。当時は王朝お抱えの図案絵師がデザインした図案を用いて織られており、制約に沿って織られていたことが伺えます。
すでにそのころから特別な織物であったとは、なんとも驚きですね。
薩摩の侵略と人頭税
1986年、宮古島
人頭税石と4歳のおおげさたろう pic.twitter.com/0qCFhkLvad— TOGO INOMATA (@oogesatarou) December 20, 2022
時代は流れ、17世紀ごろになると、平和な石垣島に薩摩藩が侵略してきました。
薩摩藩は琉球王国を支配し、八重山諸島や宮古島の住人達に「人頭税」という税金を課しだします。人頭税は140センチほどの高さの人頭税石の身長を越した住人すべてに課せられる、史上最悪の悪税のことを言います。
男性は主に穀物を、女性は織物を一定数納税しなければなりませんでした。これは年齢や病気など関係なく、人頭税石を越した者は全員同じ税が課せられるのです。
現在で言うと、中学生や90代の老人に成人と同じ社会保険料や住民税、固定資産税などを納めろと命じているようなものです。
人頭税は体調が悪くても妊娠していても台風の被害に遭ってもお構いなしです。しかも薩摩藩の役人が厳しく監視する中で作業を行わなければなりませんでした。
少しでもきれいに織ることが出来なければ、厳しい処罰が待っています。
普通の日常を奪われ、楽しみも奪われ、奴隷のように扱われ、さぞかし恐ろしかったことでしょう。
とても皮肉な話ですが、こうした状況にあったからこそ、八重山上布は発展し、現代にまで技術が残ることになったのです。
人頭税に関しては宮古上布の記事でも解説していますので、こちらも是非ご覧くださいね。
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参考、引用 やいまタイム 目で見る人頭税時代
人頭税の廃止と八重山上布の産業化
人頭税の時代はとても長く、1637年から1902年まで続きました。
そしてこの廃止をきっかけに、八重山上布は石垣島産業として本格的に発展していったのです。
大正に入ると織機の改良が行われ、仕上がりの品質も以前の物よりずっと良くなり、八重山上布は勢いをつけ始めます。
ですが、第二次世界大戦によって八重山上布は更なる危機を迎えます。
戦後は贅沢品の製造中止や物資の不足、織り手も不足し、八重山上布は壊滅寸前にまで追い込まれました。
わずかな織り手が技術を守ってきたおかげで、その功績が讃えられ1989年に経済産業大臣によって国の伝統工芸品に指定されるまでになりました。
現在も織り手は減少の一途をたどっていますが、技術を継承していくため後継者育成事業も盛んに行われています。
参考、引用 BECOS 琉球の歴史と共に歩む「八重山上布」
八重山上布の製造工程
国の伝統工芸品に指定されるまでになった八重山上布ですが、その製造過程をご存知でしょうか。八重山上布は原料や染料、仕上げまですべて自然のものを使用するという特徴があります。
石垣島の自然が作り上げる芸術作品の手順について、詳しく解説いたします。
苧麻から糸をとる
原料である苧麻の収穫から作業が始まります。
刈り取った苧麻は表皮を剥いだ後、内側の繊維を天日干しにしてから湿らせ、指先で丁寧に裂いていきます。
次に経糸は糸車でよりをかけ、緯糸は手で紡ぎながらよりをかけていきます。ほぼ手作業での仕事のため、気が休まる瞬間はありません。
整経
図案通りの模様にするために、絣模様になる糸と地の糸を仕分けます。
絣糸がずれないように、また染料の染み込みを防ぐためにのりをつけ、引き伸ばして干していきます。
絣糸をつくる
絣糸は筆で色を摺り込む「捺染」(なっせん)と、昔ながらの手くくりによる「括染」(くくりぞめ)の2種類に分かれます。
2種類の染め方を使い分けるのも、八重山上布の大きな特徴です。
括染
括染は定規板を用いて糸に印を付けて、木綿糸やビニールひもで括ります。糸で括った後、のりを落とすために湯水に入れ、洗い流します。
染色
染色に使うのは、八重山諸島に自生している植物がほとんどです。
代表的な染料が「紅露(クール)」と呼ばれるヤマイモ科の植物で、染め上がると茶褐色の色に変わります。
他にも、
・フクギ…樹皮を煮出して染料を作ります。黄や緑系の色になります。
・ヒルギ…マングローブ。樹皮が染料になります。紅露と同じ赤茶系の色が出ます。
・相思樹(ソウシジュ)…葉を煮出して染料を作ります。生成りや黄色系の色になります。
・インド藍…藍を知らない方はほとんどいないでしょう。青~紺系の色になります。
といった染料を使用します。どれも八重山上布に欠かせない大切な植物です。
綾頭巻き取り
染色後に括っていた糸をほどき、図案通りに筬に通して糸を伸ばします。
柄がずれないよう、厚紙を挟みながら慎重に綾頭に巻き取っていきます。
捺染
紅露で作った染液で糸を染めていきます。分けた経糸を「ピビルヤマ」という木枠にかけ、竹筆を使い、柄が出る部分に染料を染み込ませます。染めた後は計綾頭につけた状態で乾燥させます。
これは人頭税廃止後に量産するために考案された染色技法で、この方法で産業化が進んだと言っても過言ではありません。
地頭巻き取り
仮筬に通した地糸を、地頭に巻き取っていきます。この時も、厚紙を挟んでずれないように慎重に行います。
織り
ここまでできたら、いよいよ織りあげていきます。
八重山上布を織りあげるのに使用するのは、「八重山式高機」という八重山上布専用の織機です。
綾頭と地頭に分かれているので巻取りの作業がしやすく、機自体も小型に設計されています。そのためずれや織りむらが出にくいとても画期的な織り機なのです。
海ざらし
織りあがった反物は天日干しにした後、数時間海水にさらします。こうすることで染料を定着させる効果があるのです。
「海ざらし」と呼ばれるこの技法は八重山上布にしかない工程で、まさに南国ならではの知恵が詰まった技と言えるでしょう。
杵たたき
いよいよ最後の工程です。海ざらしが終わった反物を丸太に巻き取り、上に木綿の布を巻き付けます。木製の台の上に置き、それを杵で打ち付けていくのです。この杵たたきで八重山上布特有の風合いが出るため、丁寧に打ち付けていきます。
参考、引用 「南風の里」 八重山の天然染料と色
青山スクエア 八重山上布
八重山上布の工房見学や体験はできる?
八重山上布は織り手がどんどん少なくなっており、このままでは継承者がいなくなってしまう危機に直面しています。
技術を後世に残していくため、石垣島には織りや染めの体験ができる工房があります。この機会に、八重山上布を継承する一人になってみてはいかがでしょうか。
みね屋工房
石垣島の伝統工芸品である八重山上布とミンサー織りの体験ができる工房となっています。
紅露やフクギ、藍を使用したオリジナル小物の染色が体験できるため、親子で楽しめる施設となっております。
夏休みの思い出作りに是非体験してみてください。
営業時間:9時30~18時(体験時間は10時~16時なのでご注意ください。)
定休日:ホームページに記載がないので、確認してから伺ってくださいね。
体験メニュー:バンダナハンカチ ¥2,500円~
コースター ¥2,000円~
石垣市伝統工芸館
離島ターミナルから歩いて数分の場所にある工房です。
体験ができるのはミンサー織りのようですが、八重山上布を詳しく知ることができる貴重な工房でもあるため、今回紹介いたします。
八重山上布やミンサー織りといった、石垣島の伝統工芸品を知ることができる貴重な工房でもあります。
館内は製作工程や資料の展示の他、小物類の販売も行っています。また作業風景の見学も可能なので、是非一度足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
営業時間:9時~17時、土曜日12時まで
定休日:日曜、祝日
体験:ミンサー織りのコースターが制作できるようです。事前予約制なので気になる方は確認してから向かいましょう。
まとめ
これまで八重山上布について説明してきましたが、どんな着物なのかご理解いただけたでしょうか。
八重山上布は人頭税や第二次世界大戦と言った歴史の荒波にもまれながらも、必死に耐え抜いた力強さと美しさを兼ね備えている着物です。
そしてその力強さと美しさは、後世に伝えていかなければならない宝物でもあります。
この記事を読んでいるあなたも、夏だけに着ることができる貴重な八重山上布を着て、その魅力にはまってみませんか。