日本三大絣『備後絣』とはどんな着物?特徴や備後デニムへ発展した歴史を解説

日本三大絣『備後絣』とはどんな着物?特徴や備後デニムへ発展した歴史を解説

日本三大絣のひとつに数えられる備後絣ですが、「よく知らない」「初めて知った」という方も多いでしょう。
広く知られていませんが、実は生産量日本一を誇る国産デニムの礎になったと聞くと、興味が湧いてきませんか?

時代の波にもまれながらも現代までに培われた技術や知識は、備後デニムに引き継がれ、今もなお発展し続けています。

今回は世界からも注目を集める備後絣についてまとめました。
本記事を読めば、備後デニムにも大きな影響を与えた伝統技法や歴史がわかり、自然とともに生産される備後絣の奥深さに魅了されますよ。ぜひ参考にしてください。

備後絣とは?

備後絣は、広島県福山市芦田町・新市町で生産されている木綿絣です。

絣とは、絣糸で模様を表現する織物の技法や柄そのものをさします。デザインに合わせて糸を括り、染めた部分と染められていない部分のある糸で織るため、輪郭が少しずれて出る独特のかすれが特徴です。

備後絣は、江戸時代後期から160年以上にもわたって受け継がれてきました。
久留米絣・伊予絣と同じく日本三大絣のひとつで、浜絣・広瀬絣とともに山陰の三絵絣にも数えられています。

実用性の高い生地として、日本人の生活に長く寄り添ってきた備後絣ですが、需要とともに生産量も減少。
現在は備後絣で蓄積された知識と技術を活かし、デニム作りで世界からも注目を集めています。

広島県指定伝統的工芸品『備後絣』

備後絣は、1992(平成2)年に広島県指定の伝統工芸品に登録されました。
明治時代より前の伝統的な技術技法・原材料を使い、工程の大半が手作業であること、日常生活に使用されてきたことが評価されたためです。

国が指定する場合と異なり、証紙の存在は確認できませんでした。
しかし、昭和29年に『備後絣』の文字が商標登録されており、以下のようなマークがついた商品も存在します。

お店で備後絣かどうか判断できない場合は、スタッフに尋ねたり、製造元を確認したりしましょう。

備後絣の特徴

備後絣の特徴は以下の通りです。

・着心地のよさ
・丈夫さ
・温かみのある素朴な風合い

綿100%の絣は、夏は涼しく冬は温かい着心地が特徴です。通気性がよく、日常着として使用されるほど丈夫で、洗濯にも耐えられる強さがあります。

一度糸を染めてから織るため、布が擦りきれても色褪せることなく味わいが増していく生地です。
使うほどに風合いや肌触りがよくなり、肌に馴染んでいきます。

温かさと素朴さが魅力の備後絣の特徴を、さらに詳しく見ていきましょう。

藍染・柿渋染・墨染の染めから成る深み

備後絣では、藍染・柿渋染・墨染3種類の方法で糸を染めています。

柿渋染は灰色がかった茶色、墨染は落ち着いた深いグレー。藍染は、夏は早く乾くため薄く、冬はゆっくり乾いて濃い藍色になります。

糸の芯までしっかり染めているため、使う度に柄が冴え渡り、古くなるほど味わい深い色味に育っていくのも特徴のひとつです。

自然がもたらす色合いは、決して化繊には出せません。3種の色を駆使して備後絣の模様が織られています。

絣や縞、格子の模様など150もの柄行き

備後絣は、柄の豊富さも特徴です。

代表的な絣柄の他、縞や格子など、無地も含めると150以上。豊作への願いや瀬戸内海の吹き抜ける風などの移り変わる季節をモチーフにするなど、柄すべてに意味があると言われています。
現在は生産が難しく、中には稀少となってしまった縞柄も。

豊富な柄から、好みや込められた意味で選べるのは嬉しいですね。

シャトル織機で広巾な備後絣

備後絣は、シャトル織機で織られているのも特徴です。
シャトル織機は1960年代に全盛期だった機織用の機械で、現在は生産されていない貴重なもの。癖のある機械を扱えるのは、職人の技術があるからこそです。
現代の機械で織るのと異なり、機械織でありながら手織りのような仕上がりになります。

備後絣は、広巾と呼ばれる通常より広い幅で織られるのも特徴です。
広い幅で生産できるため洋服にも利用しやすく、さまざまな商品に使用されています。

シャトル織機と広巾は、備後絣ならではの特徴です。

▼シャトル織機が動いている動画です。レトロな音がリズミカルに響きます。

備後絣の歴史

洋服にも利用され、近年注目を集める備後絣ですが、現在伝統を守る織元は2社のみとなってしまいました。
ここからは備後絣の始まりから、備後デニムへと発展していった歴史をご紹介します。

300年前の綿花栽培がはじまり

備後絣のはじまりは、約300年前まで遡ります。
福山藩主・水野勝成公が領地で産業を興すため、綿花の栽培・製織・販売をすすめたことがきっかけです。

瀬戸内海沿岸は埋め立て地だったため、潮風に強い和綿が適しており、徐々に盛んになっていきました。

井桁絣のはじまりは備後絣

漢字の「井」の字に似た井桁絣は、備後絣のはじまりと言われています。

江戸時代後期、現在の福島県福山市に住んでいた冨田久三郎が、キシ縞(じま)という浅黄絣の絹織物を見てヒントを得たのがきっかけです。
研究を重ね、縦糸の一部を竹の皮でくくって染め上げ、井桁模様を考案。

初めは文久絣とも呼ばれ、女性用の農作業着に使われました。
現代でも代表的な絣の模様として広く知られています。

備後絣の最盛期は明治時代

太平洋戦争で中断を余儀なくされますが、明治時代に入ると備後絣は全国に流通し、最盛期を迎えます。

主流である綿に加え、ウール絣も生産を開始。1960(昭和35)年には、国内で生産される絣の7割を占めました。年間330万反を生産したという記録も残っています。

工程のほとんどは自宅の一部の設置した作業場で行われていました。昭和50年代中頃まで福山市内では備後絣を織る音が家庭から聞こえていたと言います。

洋装化による衰退

最盛期を迎えた備後絣ですが、急速に洋服が広がり需要が激減します。

浴衣など別の道を模索しましたが、作業着用に利用され、庶民の生地だった備後絣に高級路線への舵取りは困難でした。
約200社で年に300万反も生産していた最盛期から、平成22年現在で2社で年間3,000反にまで減少します。

備後デニムへと発展した備後地方の技術

衰退の一途を辿った備後絣も、昭和に別の活路を見出だします。
国内で需要の高まったデニムの生産です。

染色や縫製など厚手生地であるデニム生産に必要な知識や技術が、備後絣によってすでに培われていました。

現在、備中備後にはデニム生産に関わる業種が集結し、全国シェアは70%を占めています。
品質や技術力の高さから、海外、特にヨーロッパのファッションブランドから指定を受けるなど、世界からも信頼されるデニムの生産地になりました。

商品はファッションだけにとどまらず、日用品や小物などにも利用され、今後もさらなる飛躍が期待されています。

備後絣の製造工程

備後絣の製造工程は20以上にものぼり、すべてが職人の手作業です。

かつては分業制でしたが、生産量の低下で体制は崩れてしまいました。現在は全工程をすべて社内で行い、各作業ごとに伝統を守りながら、手間暇かけて作られています。

自然のペースに合わせて作られる備後絣の工程を解説します。

整経

整経は、織る柄に合わせて絣糸と地糸の数を計算して台に巻き、糸を整える工程です。

精練

苛性ソーダ水入りの水で煮沸して糸を強化し、不純物を取り除きます。

糊付け

糊をつけて天日干しを行う作業です。糸が乱れるのを防ぐ役割があります。

括り

柄で白くする部分に白い木綿の織り糸に紐を巻き付ける作業です。
括った部分には染料が入らず、もとの白色を保ちます。
仕上がりの出来まで左右する重要な工程です。

染め

括った糸を天然藍で染め上げる作業です。染料につけて絞り、ふっくらと空気を含ませるように一束一束広げて太陽の下で干す作業を、薄い藍色で最低4回繰り返します。

染めて干すまではすべて熟練の職人の目で判断し、手作業で行う重要な工程。同じ染料でも天日に干すことで夏は薄く、冬は少し濃い仕上がりになります。

水洗・ほどき

染色後に水で洗い、不純物や余分な染料を取り除き、括り糸をほどきます。

糊付け

織る際の糸の乱れや毛羽立ちを防ぎ、糸を強化するためにもう一度糊付けを行います。

乾燥

糸を天日に干し、糊を乾す工程です。
日光でゆっくり乾かすため、中心部分がふっくらとした柔らかい糸になります。

雨が降ると全工程に影響が出てしまいますが、決して省略できない重要な工程です。

経巻

経糸を巻箱に巻いて固定します。糸を引っ張り、模様を確認して丁寧に巻く作業です。

織り

ここまで終えてはじめて織りの作業に入ります。

備後絣の特徴であるシャトル織機を使用しますが、職人の目と手が必要不可欠です。動く織機の近くで糸を入れ、天気や温度・湿度によって異なる糸の状態を確かめながら調整を行います。

織られた反物を整え検査を行うと、備後絣の完成です。

備後絣の着用シーン・お手入れ方法

作業着として使われてきた備後絣は、普段使いに適した着物と言えます。
しかし、いざ着るとなると格やTPOが気になりますよね。
丈夫な生地といっても、生産量も少なく稀少となった備後絣は、きれいな状態で長く使いたいもの。
ここからは、気になる備後絣の着用シーンとお手入れ方法をご紹介します。

真夏以外着用OKな単衣着物

木綿素材である備後絣の着物は、真夏を除き一年を通して着用が可能です。

生地が厚いため、一般的に木綿は裏地のない単衣で仕立てられます。
冬は温かいと言われる備後絣ですが、寒さを感じる場合はモスリンや袷の襦袢やコートなどの羽織ものを利用すれば、体感温度の調節も可能です。

備後絣は、盛夏を避け9月から翌年の6月頃に着ましょう。

備後絣の着用シーン

備後絣を始め木綿の着物は普段着用という位置付け
です。
結婚式や式典などフォーマルな場面には着ていけません。
気軽な食事会やちょっとしたお出掛けなど、カジュアルな着物として着ていきましょう。

▼木綿着物の着用シーンについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

備後絣の洗い方

備後絣は、洗濯機で洗えるほど丈夫な布地です。脱水をしなければおしゃれ着モードでも洗濯ができます。
しかし、長く愛用したいのであれば手洗いがおすすめです。
汗やにおいが気になる場合のみおしゃれ着用の中性洗剤を使用し、基本は水洗いしましょう。

いくら丈夫と言っても、染め色の鮮やかさや模様の美しさを保つため、洗うときに注意したい点を以下にまとめました。

・色落ちする可能性があるため、最初の2~3回は単独洗い
・仕上がりをきれいに保つため、洗濯機を使用する場合はネットを使用
・退色防止のため、裏返して必ず陰干し
・水分を含んだ状態での摩擦は厳禁

特に紫外線に当てると退色してしまうため、干すときはもちろん長期保存の際にも日光には注意しましょう。

備後絣は、ポイントをおさえれば自宅で洗えてお手入れも簡単です。しかし、汚れを見つけた場合は無理して落とそうとせず、専門店やクリーニング店に相談しましょう。

▼着物のクリーニングに関してはこちらを参考になさってください。気になる洗濯頻度やクリーニング店の選び方も詳しく解説しています。

備後絣の工房見学や体験はできる?

残念ながら現在も備後絣を生産する『森田織物』と『橘高兄弟商会』の2社では、見学や体験を開催していません。
しかし、備後絣の保存と活用に取り組む『福山市しんいち歴史民俗博物館』では、体験を行っていますので、ご紹介します。

「福山市しんいち歴史民俗博物館」

『福山市しんいち歴史民俗博物館』は、福山市北西部の文化や文化財の保存と活用を目的とした施設です。

受け付けているのは、無料でできる糸紡ぎ体験。歴史を感じる糸車を使い、糸を紡ぐ難しさを体験できます。
誰でもチャレンジできますが、やり方がわからない場合は博物館の方に声をかければ丁寧に教えてくれますよ。

館内には時代ごとに機織も展示しており、曜日によっては技術保存や伝承のために活動する機織りの様子も見られます。
備後絣を目的に観光するなら、必ず訪ねたいおすすめスポットです。

住所 広島県福山市新市町916
アクセス 【自動車】
・山陽自動車道福山東I.C.より国道182号線を北上し、国道486号線を西へ(約40分)
・山陽自動車道福山西I.C.より尾道~福山バイパス経由、県道48号線(府中松永線)を北へ(約30分)

【電車】
JR福塩線新市駅下車、徒歩約10分

【バス】
新市支所入口下車、徒歩約7分

営業時間 9:00ー17:00
定休日 毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)・年末年始休館
電話番号 0847-52-2992
体験内容・料金 入館料
糸紡ぎ体験:開館時間なら誰でも自由
※事前に問い合わせをしておくと確実

まとめ

機械織りでありながら手織りのような風合いと豊富な柄、そして丈夫さが特徴の『備後絣』。
需要の減少から織元は2社になってしまいましたが、今も職人の手によって自然の営みとともに生産されています。

江戸時代後期から受け継がれてきた技術は、備後デニムの礎を作りました。
商品展開は着物にとどまらず、今や日本を飛び出し、世界からも注目を集めています。

今後も時代に合わせた進化を続けながら、昔ながらの伝統を受け継ぐ備後絣を将来に伝えるためにも、ぜひ手元に置いて素晴らしさを実感したいですね。