着物にも化繊のものがあるということを知っていますか?
化繊の着物やポリエステルの着物、と聞くと「ペラペラした安っぽいものじゃないの?」「ポリエステルの着物だなんて、なんだか恥ずかしい…」「正絹の着物との格の違いって?」「洗濯はどうしたら?」など、さまざまな疑問が湧いてくるのではないでしょうか。
普段の洋服では慣れ親しんだポリエステルなどの化繊でも、着物となると悩みや不安が尽きませんよね。
また、ポリエステルの着物、と聞くと邪道ではないかという不信感も…。
でも、実はポリエステルの着物は、着物でおしゃれを楽しみたい人たちの強い味方になりうるものなのです。
この記事では、ポリエステルなどの化繊の着物の着心地、着ていける場所、お手入れや保管の仕方などについて解説していきます。
化繊の着物と上手に付き合えるようになると、着物を着ていくシーンがきっと増えていくはずです。
化繊とは?
化学繊維と天然繊維
繊維は、「天然繊維」と「化学繊維」の二つに分類できます。
「天然繊維」とは、絹や羊毛などの動物から取れる繊維や、麻、木綿などの植物から作られた繊維のことです。「絹は動物繊維なの?」と不思議に思われるかもしれませんが、絹は蚕が口から吐き出して作られる繭をほぐして繊維にしたものなので、動物繊維に分けられます。
一方「化学繊維」とは、植物の細胞壁の主成分である「セルロース」などを化学的に処理して再生産された再生繊維や、石油などから合成される合成繊維のことを指します。
再生繊維には「レーヨン」や「テンセル」など、合成繊維には「ポリエステル」や「ナイロン」などが含まれます。
「化学繊維」を略して「化繊」と呼んでいるのです。
正絹や木綿との違いや見分け方
仕立て上がった着物には、洗濯表示や組成表記(素材についての説明)がないこともあります。
では、どうやって絹や木綿と見分けたらいいのでしょうか?
実は最近の化繊の着物は、一見しただけでは絹や木綿との違いが分かりません。
間違いなく正絹だという着物を用意し、触って比較してみるのが一番です。
まず、絹や木綿の着物は生地自体が呼吸をしています。それだけ通気性に優れた繊維ということです。絹の着物に触れると、体温に近い温もりが感じられます。
化繊の着物は、どちらかといえばひんやりしています。
また、絹や木綿の着物は持ち上げると肌になじみますが、化繊の着物は絹と比べるとやや硬い感じがします。
ただし最近の化繊の着物はとても性質が向上しているので、比較せずに化繊の着物を触っただけでは、判別しにくくなっています。
絹か化繊かが見分けられないと、洗濯していいのかどうか、迷いますよね。
本当に迷ったら最終手段として、着物の目立たないところから一本、ちょっとだけ糸を抜き出して、燃やしてみる、という手があります。
ポリエステルの繊維に火をつけると、煤の多い炎が出ます。火を消して冷めた部分は硬くなります。
絹や羊毛の繊維に火をつけると、毛を焼くにおいがします。綿や麻に火をつけるとパッと燃え、灰色の柔らかい灰が残ります。
あまりおすすめできる方法ではありませんが、知っておいて損はないと思います。
化繊の着物は安っぽい?
確かに、昔のポリエステルは見るからにテカテカ、ゴワゴワしていて、安っぽいものが多かったのですが、化繊の着物の性能は日進月歩で進化しています。
化繊の着物だからといって、安っぽく見えないものが増えているというのが現状です。
「ポリエステルの着物は着づらい」という人もいるのですが、最近作られている化繊の着物の場合、着物の質が問題なのではなく、サイズが合っていないことが多いようです。
ポリエステルの着物の多くは、プレタです。身幅が大きいなど、サイズが合わないものを着用すると、どうしても着付けがしづらくなります。
着物における化繊の歴史
1883年イギリス発「人造絹糸」
18世紀半ばから19世紀にかけて、イギリスでは産業革命が起こりました。
その過程で、絹と木材の主成分は、ともに同じセルロースであることが判明します。
そこで、木材のセルロースを加工して繊維を作れないか、という動きが生まれました。
1883年、イギリスのスワンは硝酸セルロースから繊維を作り出すことに成功し、「人造絹糸」(人絹)としてロンドンの博覧会に出品します。
1925年にはこの「人造絹糸」がアメリカで「レーヨン」として広く知られるようになりました。
スワンから遅れること1年後の1884年には、フランス人のシャルドンネが硝酸セルロースを改良した繊維を作ることに成功します。
これは1889年のパリ万博で大好評を博し、グランプリの栄誉に輝きました。
シャルドンネの作り出した再生繊維は、史上初めて工業化に成功した人造繊維と認められています。
しかし、この人造繊維の原料となる硝酸セルロースは引火性が高く、火事や爆発などの重大な事故を引き起こしやすいという問題を抱えていました。
その後、この硝酸セルロースによる繊維が抱える問題を改良していく中で、キュプラやレーヨンといったさまざまな再生繊維が生み出されます。
合成繊維「ナイロン」の誕生
20世紀にはいると、アメリカのデュポン社のカローザスによって合成ゴムが発明され、ポリエステルの研究が始まりました。
その過程で、ナイロンが開発されます。これが合成繊維の第一号です。
その後、アクリルやポリエステル、ポリウレタンなどの合成繊維がつぎつぎと生みだされるようになったのです。
「ポリエステル」の発明
アメリカで「レーヨン」が爆発的な人気を博すと、日本でも国産レーヨンを開発する会社が誕生しました。
日本では1918年に当時の「帝国人造絹糸」(現在の「帝人」)が製造を開始しました。
「東洋レーヨン」(現在の「東レ」)は、創業の翌年、1927年にレーヨンの初紡糸に成功しています。
デュポン社によるナイロンの開発というニュースを聞き、東レは独自の研究を進め、1943年、ナイロンの合成に成功します。
一方、デュポン社のポリエステル繊維の開発は、なかなかうまくいきませんでした。
それに成功したのは、なんとイギリスの印刷会社でした。
1941年、その印刷会社、CPAがポリエステルの発明に成功したのです。
1953年にはCPAとイギリスの化学会社ICIが技術提携を行い、ポリエステルの工業生産が始まりました。
1964年「東レシルック」の開発に成功
東レと帝人は、ICIからポリエステルの技術を導入します。
続いてアクリル繊維の独自開発にも成功し、三大合成繊維のナイロン、ポリエステル、アクリルの生産を手掛けるようになりました。
その当時、日本は戦後復興の真っ只中。ガチャッと織れば、万単位で売れると言われた「ガチャマン景気」の時代で、着物が飛ぶように売れる時代でした。
東レは、合成繊維の技術をもとに、光沢感があり、しっとりとした触感をもつ絹糸のような合成繊維が作れないか、という研究に着手します。
顕微鏡で覗くと、絹糸の断面は三角形になっています。
そこで、絹糸の断面を模した三角断面の繊維を開発することに成功し、1964年、「シルック」と名付けて販売を開始します。
この「シルック」繊維を使って着物の反物が織られるようになり、「シルックきもの」の販売がスタートしたのです。
その頃、その他の企業でもポリエステルの着物が開発されるようになりました。
しかし、初期のポリエステル着物はゴワゴワとして肌触りも悪く、いかにもポリエステル、といった安っぽい風合いで、非常に不評だったのです。
2000年代は化学繊維躍進の時代
1980年代後半になると、新繊維がつぎつぎと開発されていきました。
東レでは、「セオアルファ」や「爽竹(そうたけ)」といった新繊維が新たに誕生しました。
また、世界で唯一のトリアセテート繊維メーカーである三菱ケミカルと京都の老舗絹糸メーカーは、絹のような風合いの「ソアナチュア」を共同開発しました。
帝人が開発した吸汗速乾性の高い繊維「カルキュロ」を使用した浴衣なども発売されています。
「シルック」もまた改良が繰り返され、現在では光沢感や肌触りが、より絹に近くなっています。
普段着物におすすめ!化繊の特徴
化繊着物のメリット
- 正絹の着物に比べて価格が安い
仕立てられた状態で売られていることも多く、比較的手軽に手に入れることができます。
- お手入れがラク
正絹の着物は家で洗うことはできませんが、化繊の着物は自宅の洗濯機で洗うことができます。洗っても色落ちすることがありません。
正絹の着物は日焼けして色が褪せてしまうことがありますが、化繊の着物は色褪せする心配もありません。
湿気で仕立てが狂うこともないので、正絹の着物ほどは保管時に気を使う必要もありません。
- 雨や汚れに強い
水に強いので、雨の日に着ても、正絹の着物を着ているときより気が楽なのも嬉しいところです。
化繊着物のデメリット
- 安っぽく見える
安さが嬉しい化繊の着物とはいえ、ものによっては見るからに安っぽいものもあります。
また、プレタの着物は実際に着てみると、妙なところに柄が出るものもあるので注意が必要です。
- 熱がこもりやすい
化繊の着物の中には、正絹に比べると通気性が悪く、熱がこもりやすいものもあります。
とはいえ、最近の化繊の着物はかなり性能が上がっていますので、さらりとした着心地のものも増えています。
なお、冬場には生地が冷たく感じられるかもしれません。
- 静電気が起きやすい
静電気が起きやすいのも化繊の特徴です。
制電加工がされている生地も多いのですが、足元にまとわりつく場合には、静電防止スプレーをかけるといいでしょう。
- 着崩れしやすい
化繊の着物は正絹の着物に比べて滑りやすいため、慣れないうちは着付けがしづらかったり、着崩れしやすいという難点もあります。
その他、仕立て替えや染め替えができない、ということも覚えておくといいでしょう。
化繊着物のお手入れ・保管方法
化繊の着物は摩擦や水に強いので、家庭の洗濯機で洗えます。
洗うときには着物を畳み、洗濯ネットに入れて、手洗いモードやソフトコースで洗いましょう。
着物用の洗濯ネットも販売されています。
洗剤は、おしゃれ着用の中性洗剤を使用します。
また柔軟剤を入れると静電気を予防することができます。
脱水は短めに。脱水が本回転になって10~15秒ほどで、水が滴らなくなっていればOKです。
洗い上がったら、着物ハンガーにかけて陰干しします。
化繊の着物は乾きやすく、シワになりにくいため、アイロンがけの必要もありません。
気になるシワがある場合は、120℃~140℃の低~中温で、あて布をしながらアイロンがけをしましょう。
きれいに畳んだら、たんすにしまいます。防虫剤は必要ありません。
着物における化繊の種類
ポリエステル
ポリエステルは、綿や羊毛などとの混紡が可能なため、メーカーの研究により新繊維が次々と開発されてきました。
着物や浴衣に適した、より着心地や使い勝手の良いものが日々生みだされています。
シワになりにくいため、袴などにも使用されています。
ナイロン
ナイロンは、着物用の雨ゴートなどに使われています。
軽くてシワになりにくい素材なので、持ち運びにも適しています。
レーヨン
レーヨンは水に弱く、濡れると縮んでしまうという欠点がありますが、着物用の肌着のレースなどに使われることがあります。
ポリウレタン
ポリウレタンは、天然ゴムの5~10倍の伸縮性がある素材で、摩耗しづらいという特徴があります。
合成皮革の材料として使われているので、着物まわりでは、草履に使用されることが多い素材です。
キュプラ
キュプラはレーヨンよりも繊維が細く、絹に似た光沢をもっています。
肌触りが良く、吸湿性が高いのも特徴です。
「旭化成」が商標名「ベンベルグ」として生産しているもので、これを使った裾よけや和装スリップなどが販売されています。
化繊の着物の代表と特徴
東レシルック
「シルックきもの」は、化繊の着物の最高峰です。
染めの技術も独自に開発されており、ポリエステル着物にありがちなギラつきがなく、正絹の着物と並んでも引けを取りません。
染めはなんと、京都の職人によるもの。正絹の友禅染同様の手描きのものや、刺繡をほどこしたものもあります。
「シルック」用の八掛もまた、職人が一枚ずつ染めています。
2013年には「シルック」50周年を記念して、「シルック奏美」が発表されました。
「シルックきもの」にはシルラック加工という静電防止機能がほどこされていますが、「シルック奏美」は、繊維自体に制電加工を施しているため、静電気が起きにくくなっています。
また、従来の「シルックきもの」に比べ、「シルック奏美」は10~15%ほど軽量化されています。
一般的なポリエステルの着物と比べると「シルックきもの」や「シルック奏美」は高価です。
「シルックきもの」は、通常、反物で販売されています。
仕立てる際には、シルック用の糸で縫製する必要があります。
胴裏や八掛などもシルック用のものを用意しなくてはなりません。
東レシルジェリー
「東レシルジェリーきもの」は、「シルックきもの」のプレタ版です。
「シルックきもの」と比べて、ぐっとカジュアルな印象のものが多いのも、特徴の一つ。
洋服感覚の可愛らしいデザインが豊富です。
東レセオアルファ
東レの「セオアルファ」は、綿を上回る吸水性をもっています。
このため、着物関連では浴衣に利用されていて、近年人気を博しています。
春、秋の単衣のシーズンには、半衿をつけて着物としても着用可能です。
その他化繊(ポリエステル)
ポリエステルの着物には、5000円を切る手ごろなプレタ小紋もあります。
「爽竹」は、竹のセルロースにポリエステルを高度に複合した繊維で、吸放湿性が高く、竹が持つ自然の抗菌力により臭いを防ぐ特徴があります。
襦袢や足袋などの商品が販売されています。
子供の七五三や産着にも、化繊のものが出ています。
化繊の着物の選び方
格付けで格を判断して選ぼう
化繊の着物には、浴衣や小紋などの普段着の着物から、江戸小紋や色無地、付け下げや色留などの礼装向きのものまで、幅広い格のものがあります。
着用する際には、着ていく場所のTPOに応じたものを選ぶようにしましょう。
七五三の祝い着に化繊を選ぶ場合
子供はすぐに服を汚しがちですよね。祝い着として、化繊の着物は賢い選択といえるでしょう。汚してもすぐに洗える、と思うだけで気が楽になります。
明るくポップなデザインも多いので、子供も楽しく着ることができそうです。
化繊の着物の中には、通気性が悪いものがあるため、着せるときには肌触りの良い肌着を選んであげましょう。
お宮参りから七五三まで着用ができる「四つ身」という仕立ての着物は、子供の成長に合わせて長く着用することができます。
化繊の着物は仕立て直しができないので、長い期間着用することを考えるならば、正絹の良いものを選ぶのもおすすめです。
化繊の着物は帯の素材に注意
化繊の着物は正絹に比べて滑りやすいため、帯もポリエステルのものを選んでしまうと、つるつるして締めづらくなってしまう恐れがあります。
ポリエステルの着物に正絹の帯や木綿の帯を合わせても、まったく問題ありません。しっかりと締めることができます。
正絹の帯を合わせると、全体的に上質感のある仕上がりになるのでおすすめです。
暑がりさんは肌着も気を付けよう
ポリエステルの着物によっては、暑い時期に熱がこもりやすいものがあります。
汗を吸収しやすく肌触りの良い肌着を着てから着用すると快適に過ごすことができるはずです。
着物用の肌着である肌襦袢や裾よけがない場合は、キャミソールやワンピースの下に着るようなペチコートで代用することができます。
その際も、汗取りパットがついたものなど、吸湿性の高いものを選ぶようにしましょう。
化繊の着物に関するQ&A
Q.『プレタ』は化繊の着物のこと?
A.違います。
プレタとは、プレタポルテの略。既製服、という意味です。
プレタ着物とは、仕立て上がっている着物のことなので、購入してすぐに着ることができます。
反物から仕立てる着物の場合は、仕立て上がってくるまで時間がかかるので、着用時期から逆算して用意することが大事です。
Q.化繊の留袖や小紋で結婚式に参列してもいい?
A.OKです。
着物の格は、素材で決まるものではありません。
その場に応じた格のものであれば、正絹の着物で参列しても、化繊の着物で参列しても問題ありません。
ただし、正絹の着物と並んだときに見劣りする可能性はあります。
現在発売されている「シルックきもの」の礼装向きのものであれば、正絹の着物と並んでも遜色ありません。
Q.化繊の反物を仕立てる時、家にあった正絹の胴裏を使ってもいい?
A.NGです。
正絹の胴裏は使えません。
化繊の着物のメリットの一つは、自宅で洗えること。
しかし、正絹の胴裏が付いていると、自宅で洗えません。
仮に洗った場合には、化繊は縮まないのに、正絹は縮む恐れがあり、仕立てが狂ってしまいます。
まとめ
化繊の着物は、比較的安いものが多く、仕立て上がっているものも多いため、着物初心者でも手に取りやすい着物です。
雨や汚れにも強く、家庭の洗濯機でも洗えるので、汗をかくことを気にしたり汚さないように神経を使ったりする必要がない、という気楽さもあります。
小さなお子さんがいる人も安心して着られます。
一枚あると、着用機会がぐっと上がるはずです。
反物からマイサイズに仕立てたものならば、着付けもしやすいものです。
自分の体にあったサイズのものを選ぶか、誂えるかして、着こなしましょう。