着物の種類

2023.7.20

動物文様とは

動物文様とは

動物文様は、実在の動物から架空の動物まで、さまざまなモチーフが用いられている柄行です。

自然文様と異なる点は、特定の季節を示す文様が少ないこと。そのため、植物文様や幾何学文様といったほかの文様との相性が良く、さまざまな組み合わせを楽しむことができます。
単体でも吉祥文様として扱われる動物文様も多く、お祝い事にも欠かせない存在です。

今回は、意外と歴史が深く神秘的な魅力にあふれる動物文様についてご紹介いたします。

動物文様の歴史

日本で動物などの生き物が文様として本格的に用いられるようになったのは、飛鳥時代から奈良時代だと言われています。
中国から伝わったとされる龍や鳳凰など、架空の生き物の意匠は吉祥文様として工芸品などに使われたのが始まりとされています。中国の影響を強く受けながらも、日本では植物文様などとの組み合わせにより、独自の動物文様を生み出してきました。

動物文様には、鳥類や魚介類なども含まれ、動きのあるデザインや愛らしくアレンジされたスタイルが多く存在します。代表的な動物文様には、鶴、亀、龍、鳳凰、鴛鴦(おしどり)、蜻蛉、蝶、兎などがあります。

発祥は古代エジプト

動物文様の発祥は、古代エジプトまで遡ります。はじめに幾何学文様が生まれ、次第に身近な植物や動物の文様が描かれるようになりました。古代エジプトではワニやカバなどが主なモチーフとなっていたようです。

また、ペルシャでは花喰鳥や樹下動物文様、有翼獣文様や双獣文様などの形式が生まれ、シルクロードを渡って東西へ伝播したとされています。

海外色の強い動物文様

動物文様の中には、江戸時代後期から明治、大正時代にかけて日本で流行した海外色の強いものもあります。
中国で盛んに意匠化された蝙蝠の文様や、蜘蛛の巣の文様などもその一つです。

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパ各地に広まったアール・ヌーヴォー(新しい芸術)という美術運動により、アラビア風の文様やケルト文様など、動植物をモチーフにしたデザインが多く生み出されました。

アール・ヌーヴォーの流れは日本にも伝わり、動物文様を幾何学的にアレンジした模様などが着物にも用いられるようになりました。

獣類の動物文様

兎は古来、月に棲み不老不死の霊薬を作る動物とされていました。
中国から伝わったこの伝説から、兎は長寿の象徴として日本でも認識されるようになり、特に月と組み合わせて意匠化されることが多くなりました。

秋の文様である月と兎のほか、雪輪と兎、波兎、花兎、鳥獣戯画といったモチーフが着物にも多く描かれています。

波兎は桃山時代から江戸時代にかけて流行したと言われており、古事記の「因幡の白兎」伝説から生まれたとされています。
花兎は、中国由来の名物裂文様「花兎金襴」がもとになっています。

鳥獣戯画は現代においても人気の文様で、紙本墨画がモチーフとなっており、兎や蛙が相撲をとっている様子などがユーモラスに描かれています。

鹿

中国では古来、鹿は神の乗り物として崇拝されていました。
そのため日本でも鹿を信仰の対象とすることが多く、長寿の象徴と言われています。
広島県の厳島神社、奈良県の春日大社は神の使いとして鹿を祀っていることで有名で、今でも大切にされている動物です。

“奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きくときぞ秋はかなしき”
と、小倉百人一首の歌にもあるように、秋のモチーフとして用いられることが多い鹿文様。歌の情景を連想させる紅葉と鹿の組み合わせのほか、別名「鹿鳴草」と呼ばれる萩と鹿の組み合わせなどがあります。

また、名物裂「有栖川文様」も鹿を描いたものであり、こちらは季節を問わず着用できる吉祥文様として扱われています。

鳥類の動物文様

千鳥

千鳥は、チドリ科の鳥のことを指します。水辺に生息する鳥で、ちどり=千取りの連想から豊かさを意味する吉祥文様として扱われています。また、水辺を飛ぶ美しく勇ましい姿から、「荒波を乗り越える」というメッセージを込められることもあります。

水辺の植物と共に描かれる千鳥はそれぞれの季節にあわせて、特に夏向きの意匠として着用されることが多いですが、デフォルメされた千鳥格子などは通年着ることができます。

ふっくらとしたシルエットと小さなくちばしの造形が可愛らしく、伝統文様という括りを超え、おしゃれなデザインの一つとして現在も親しまれています。

千鳥格子のほか、千鳥卍や波千鳥、浜千鳥および沢千鳥などのバリエーションが存在します。

雀文様は、古くから日本で親しまれてきた身近な鳥文様の一種。群れをなして行動することから、豊作や繁栄を象徴する縁起の良い文様とされています。

「舌きり雀」の物語から連想した竹と雀の組み合わせ、豊穣を思わせる稲穂と雀の組み合わせなどが多く、それぞれの植物にあわせた季節に着用できます。
また、冬の寒さに羽を膨らませた雀の姿を「福良雀(ふくらすずめ)」と呼び、おめでたい柄として丸っこく可愛らしいビジュアルが愛されています。

燕は気候が穏やかに、暖かく変化する春に日本へやってくる渡り鳥のため、基本的には春から夏にかけてのモチーフとして用いられ、浴衣や夏帯にもよく登場します。

夫婦で子育てをする様子から、家庭円満や安産、縁結びの象徴とも言われています。

花札になぞらえた柳と燕、縁起物である菖蒲と燕の組み合わせなどが多く見られます。
また、「燕絣」という絣文様もあり、琉球紬や琉球上布、ウールなどにも採用されています。織り文様としての燕は、抽象的なデザインということもあり、着用時期は素材次第となります。

「鶴は千年、亀は万年」という言葉があるように、長寿の象徴とされてきた鶴文様。
美しく高貴な立ち姿、飛翔する姿などを好んで描かれ、振袖や訪問着の意匠としても活躍しています。

つがいで描くことで夫婦円満を表すほか、高い鳴き声から「天地を繋ぐ」おめでたい鳥として、お正月などのお祝いの場にふさわしいモチーフです。

鶴を用いた文様にはいくつか種類があり、飛ぶ姿を表現した飛鶴文様、折り紙の鶴をもとにした折鶴文様、二羽の鶴が向かい合う様子を円や菱形にデザインした向鶴文様などがあります。

そのほか、瑞雲や松と共に描かれた、高貴な鶴文様も人気の意匠です。

鴛鴦(おしどり)

鴛鴦は雌雄が常に一緒にいるため、円満な夫婦仲の象徴としてよく描かれます。
「おしどり夫婦」という言葉の由来にもなっており、その羽の色や姿の美しさから、桃山時代から江戸時代にかけて盛んに用いられたモチーフでもあります。

鴛鴦は二羽一組にこだわらず、一羽でも三羽以上の群れでも描かれます。
季節も問わず、お祝い事にぴったりの文様として、現代でも礼装や帯などに広く用いられています。

昆虫類の動物文様

蜻蛉

蜻蛉は前にしか進まず、退くことがない「勝ち虫」として古くから親しまれてきました。

古名で「秋津(あきづ)」と呼ばれることもありますが、あきづは日本国の異称として万葉集にも登場している言葉。それだけ古くから愛されてきた昆虫でもあります。
秋によく飛ぶ蜻蛉は、五穀豊穣や繁栄の象徴としても珍重されてきました。

7月から9月頃にかけての着用が一般的ですが、初夏に飛ぶ種類の蜻蛉も存在するため、広く初夏から秋にかけて着用できる柄行です。

菖蒲や秋草などの植物文様と組み合わせられる時はその季節に即した時期に着るのがおすすめ。抽象的にデザインされた蜻蛉柄は通年での着用も可能です。

蝶文様は姿形の愛らしさが人気の柄行ですが、ひらひらと舞う様子から移り気の象徴とも言われ、結婚式などの場では使用を控える場合もあります。

一方で縁起物としての意味合いも多く、青虫からさなぎ、蝶へと姿を変えて行く様子から健やかな成長、不死不滅のシンボルと言われることもあります。また、高みへと舞い昇る姿から立身出世、つがいで飛ぶ様子から夫婦円満をも連想させる文様です。

春の花と共に描かれる蝶は春に、秋草と共に描かれる場合は秋にと、着用する時期も様々です。撫子と蝶、菊とすすきと蝶など、江戸時代の能装束にも見られる組み合わせもあり、単独のデザインであれば通年着用することが可能です。

蜘蛛

蜘蛛文様は天と地を結ぶ使者、物や人を集めるといった意味を持っています。

桜と蜘蛛の組み合わせは春に着用しますが、蜘蛛の巣の文様は夏の着物に多く用いられます。
蝙蝠と蜘蛛の意匠を組み合わせてハロウィンに着用するのも、現代的で素敵ですね。

魚介類の動物文様

海老

海老文様はおめでたい柄行として通年着用可能ですが、特に豪華な伊勢海老の文様はお正月に向いています。

腰の曲がった海老は長寿の象徴として好まれ、網目に海老文様、波に海老文様などのアレンジも展開されています。

貝は日本のみならず、広く世界で豊穣、生命の象徴とされています。
着物の文様には蛤や帆立貝、サザエなどがその形の美しさから多く描かれています。

特に蛤は二枚貝であることから夫婦円満を表すものとして、貝合わせ、貝桶の意匠と共に用いられます。

<器物文様の記事はこちら>

また、さまざまな種類の貝を散らした文様を貝散らし、貝尽くしと呼び、海辺の風景などと共に涼やかに表現されることもあります。

亀は鶴と共に、長寿の象徴としておめでたい文様であると言われています。
中国では、東西南北の方角をそれぞれ青龍、白虎、朱雀、玄武の四神が守るとされていますが、玄武は亀がもととなっている神秘的な動物です。
また、亀は天を支える動物とも言われ、仙人が住まう伝説の土地・蓬莱山を亀が背負う意匠が描かれることもあります。

鶴と亀の組み合わせ、あるいは亀単独でも縁起の良い文様として扱われます。

鯉は急流を登ると龍に変化するという伝説があり、中国では古くから出世魚として珍重されました。
そのため、立身出世を願う鯉のぼりや、荒波を泳ぐ鯉、鯉尽くしといったさまざまな文様が存在します。

また、荒い波を踊るように泳ぎぬく鯉を描いた荒磯文様は、名物裂の一種として緞子や金襴、銀欄などにも多く用いられています。

空想上の動物文様

龍は古代中国において考えられていた想像上の動物です。四神の一つである青龍として東の方角を守り、天に昇って雨を降らせると信じられていました。
鹿のような角、駱駝のような頭、蛇のような鱗など、何種類もの動物が組み合わさった姿であると言われています。

飛鳥時代に龍のビジュアルが日本へ伝わってから、龍は吉祥文様として染織品および工芸品に広く用いられてきました。
雲や波と共に描かれることもあり、二匹が向かい合った双龍、円形に描かれた丸龍、方形の角龍などさまざまなデザインで表現されています。

鳳凰

鳳凰は龍と同じく、中国発祥の霊獣です。鳥の王と呼ばれており、その雄が鳳、雌が凰です。頭は鶏、五色の羽と長い尾は孔雀、長い首は蛇に似ているとされ、華やかな姿形が愛されてきました。名君が現れ、天下泰平の世になることを示す存在とも言われています。

奈良時代に日本へ伝わった鳳凰文様は、正倉院の宝物などにも多く見られます。

特に桐、竹、鳳凰を組み合わせた桐竹鳳凰文様はかつて天皇専用の意匠とされており、現在でもおめでたい文様として黒留袖や袋帯などによく描かれています。

動物文様の着用シーン

お祝いの席におすすめ

お正月や結婚式など、おめでたいシーンには鶴や亀など、縁起の良い動物文様が特におすすめです。
特に大空へはばたくイメージのある鶴文様は、大学の卒業式やお誕生日のお祝いなど、未来への発展を願う場にふさわしいモチーフです。

また、龍や鳳凰など、空想上の動物文様は神に近い霊獣として扱われるため、こちらもお祝いの席にぴったりです。
鶴と亀、龍と鳳凰、というように複数の吉祥動物文様を組み合わせた意匠も華やぎがあって素敵ですね。

季節ごとのおすすめ

動物によって厳密に着用時期が限定されるということはありませんが、夏には涼しげな水辺の動物文様がぴったりです。

鯉や魚、貝などの動物文様と波や水しぶきの組み合わせは、見た目にも涼しく、夏の暑さを忘れさせてくれますね。

春は多くの動物が生き生きとする季節なので、あらゆる動物文様が似合います。
特に淡い色の着物は春らしい印象を与えるので、蝶や兎など可愛らしい動物と花文様を組み合わせたデザインなどがおすすめです。

秋や冬は、月や紅葉、雪輪など、それぞれの季節に似合うモチーフと動物文様との組み合わせを楽しめます。
同じ動物柄でも、こっくりとした暖色系であれば秋に、シックなモノトーンであればクリスマスの時期にと、色や風合いで季節感を演出することができます。

まとめ

今回は、着物に描かれる動物文様の由来とその魅力についてご紹介いたしました。

好きな動物だけでなく、見たことのない動物や普段は身近に感じることがない生き物も、さまざまな意味が込められ、愛着を持って文様化されてきたことがわかります。

ぜひ機会があれば、あらゆる動物文様のスタイルを見比べて、その違いを味わってみてください。

<着物の柄の記事はこちら>