着物の種類

2023.8.5

有職文様とは

有職文様とは

「有職文様(ゆうそくもんよう)」という名称を耳にしたことのある方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?
普段から着物に親しんでいるという方でも、「有職文様」が何を意味するかはよく知らない…という場合もあるかと思います。

有職文様とは、中国から伝わり日本に定着した、伝統的な文様です。
平安時代以降の公家社会において、調度品や建築、装束などに用いられていた文様ですが、ほかの文様と区別され「有職文様」と呼ばれるようになったのは近世以降のことです。

代表的な有職文様の中には「七宝」や「立涌」など、いわゆる「吉祥文様」に含まれるおめでたい意味を持つ柄も多くあります。

有職文様は円や角、曲線といった図形を中心として構成されているため、古典的でありながらモダンな着こなしがしやすいことが特徴です。
その実、モチーフには動植物も数多く盛り込まれており、異国情緒漂うオリエンタルな雰囲気をも感じさせます。

伝統ある和文様の一つである有職文様、その壮大な歴史や吉祥文様との違い、代表的な文様の持つ意味について解説していきます。

有職文様の歴史

有職文様は古代オリエントに発祥し、世界各地へと伝播した由緒ある文様群が由来となっています。
古い歴史を持ちながらも、パターン化された文様の多くは現代においても受け継がれ、日本の家紋の基調となるデザインや着物を彩る文様として親しまれています。

それでは、有職文様は現代に至るまでどのような道筋を辿ってきたのでしょうか?

有職とは

「有職」は「有識」とも書き、知識を有すること、見識が高いことを意味します。
優れた知識と見解を持つ人のことを「有識者」と呼びますが、「有職」も本来の意味は同じです。

ではなぜ、「有職文様」という文様の名前が生まれたのか?
その疑問に触れる前に、有職文様が日本へ伝わった歴史を紐解いていきましょう。

古代オリエントの地から伝えられた和文様

有職文様の起源は、古代オリエントで生まれた古代文様にまで遡ります。
古代オリエントは現代でいう中東地域を指し、メソポタミア文明やエジプト文明が興った場所です。
「立涌文様」も、もとを辿れば古代エジプトで考案され、ギリシャにおいて広く用いられた植物文様「パルメット文様」が由来となっています。

古代オリエントで原型が生まれた多くの文様は、アジア大陸を経て、唐風文化として日本に伝来しました。

仏教と共に伝わった唐風の文様は、建築などの装飾に多用されるようになり、やがて日本独自のアレンジが加えられるようになります。
特に、菅原道真によって遣唐使の廃止が宣言された平安時代中期以降、それまで取り入れられてきた大陸文化や唐風文化は徐々に形を変え、国風文化として新しく花開き、独自の発展を遂げていきます。

こうして、大陸由来の文様は和の要素を取り入れ、後に「有職文様」と呼ばれるようになりました。

有職故実と有職文様

さて、いよいよ「有職文様」という名前の由来についての解説です。

その前に、「有職故実」という言葉についてご紹介しましょう。
この「有職故実」が、まさに有職文様の名前のもととなったキーワードなのです。

藤原氏による摂関政治が行われた平安時代において、貴族の間で重んじられたのが、過去の先例や決まり事を重視する価値観です。
何事においても、まず過去の実例を顧みて決定を下す、そういった伝統主義的な価値観が朝廷を中心に広まりました。
この価値観を言い表した言葉が「有職故実」です。

有職故実の考え方に基づき、当時の公家の位階や官職は、家柄や状況に応じて厳密に定められるようになりました。
公家が身に着ける装束についても、階級によって使用する色や文様が決められていました。

こうして、平安貴族社会において有職故実というルールが慣例化し、「有職装束」「有職料理」「有職読み」といった貴族ならではの概念が次々と生まれました。そのうちの一つが「有職文様」です。

つまり、有職文様という名前は、伝統や過去の先例を重んじる公家社会の慣習に由来するのです。
格式の高い、伝統ある国風文様が後に「有職文様」と呼ばれるようになった背景には、このような経緯があったのですね。

代表的な有職文様を意味別に解説

四本の斜線を並行に交差させた菱の文様は、原型がシンプルなだけにバリエーションも豊富で、家紋にもよく使われています。

水生植物であるヒシの実、あるいは葉をモチーフにした文様であり、ヒシの生命力および繁殖力の強さから、無病息災、子孫繁栄などを意味する縁起柄とも言われています。
厄除けの願いを込めて、赤ちゃんの産着に菱文様を描いたり、雛祭りに菱形の菱餅を作る風習が生まれました。

古くは、縄文時代の土器にも菱文様が見られ、飛鳥時代の着物の地紋にも用いられていました。後に有職文様となってからは、高貴な身分の人だけが身に着けられる柄とされ、さまざまなバリエーションのある家紋として日本全国に広まりました。

有名な菱文様の種類として、武田氏の家紋として用いられた武田菱、三菱グループのシンボルのもととなった重ね三階菱などがあります。

八つ藤の丸

八つ藤の丸とは、中央に十字型の花を配し、二つで一組の藤の花を四組周囲に描いた文様のことです。

平安時代の袿(うちぎ)や狩衣、指貫(さしぬき)などに用いられていました。

このように、大きな円形にデザインされた有職文様を「浮線綾(ふせんりょう)」と呼びます。もとは、浮き織りにて模様を織り出した綾織物を指す言葉だったとされています。

格調高い柄行のため、現在も礼装の着物や袋帯などに多く用いられています。

鳥襷

鳥襷文様は、唐花や花菱などを中心に、尾長鳥を斜めに襷掛け(たすきがけ)のように配した織り模様の一種です。
二羽ずつの尾長鳥が相対する形で連なる、オリエンタルな印象のパターン模様です。

指貫などの装束に使われていた柄行であり、現代でも格のある着物、袋帯などに用いられています。

向蝶

対い蝶とも書き、二羽の蝶が向かい合わせになる形で描かれた文様です。

平安時代より、十二単の唐衣などに多く用いられたと言われています。
現代でも礼装の着物などに用いられるほか、家紋としても使用されています。

木瓜

木瓜文様は、唐花を中心に、丸みのある外郭を楕円上に描いた文様です。

由来には諸説あり、鳥の巣をデザインした窠(か)という中国の文様がもととなっているという説、輪切りにしたキュウリの切り口を文様化したという説などがあります。

子孫繁栄の象徴とも言われ、さまざまなバリエーションをつけて使用されてきました。
竪木瓜や三方木瓜、四方木瓜、剣木瓜など、歴史上、家紋も含めてあらゆる種類の木瓜文様が用いられています。

有職文様の着用シーン

結婚式などにおすすめの文様

有職文様の中には、吉祥文様や正倉院文様に含まれるものも多くあります。
そのため、結婚式などのお祝いの席にふさわしい、華やかな縁起物の柄行もたくさん見受けられます。

もちろん汎用性の高い文様なのでフォーマルシーン以外にも着用可能ですが、特に華やぎのあるおめでたい意匠について、ここでは解説していきます。

桐竹鳳凰

桐竹鳳凰文様は、竹の実を食す鳳凰が桐の木に舞い降りるという中国の伝説が由来となっている文様です。鳳凰は天下泰平の世に現れ、乱世となれば天に還るとされており、日本では天皇の袍(ほう)に用いられてきた柄行です。

かつては皇室専用の文様でしたが、現在ではアレンジも加わり、高貴なイメージの吉祥文様として、フォーマルシーンの着物を中心に使用されています。

七宝

七宝文様とは、円を四方に重ねて配置した幾何学的な柄のことです。
円を四分の一ずつ重ねることで、間にたわんだ菱形のような形が生まれます。この七宝を上下左右に連ねた文様を「七宝繋ぎ文様」と呼びます。

七宝はもともと、仏教用語で七つの宝を意味する言葉であり、別名を「七珍(しっちん)」とも言います。
金、銀、瑠璃(るり)、玻璃(はり)、珊瑚、瑪瑙(めのう)、硨磲(しゃこ)というのが七宝の内訳ですが、宗派によって内容は諸説あります。

七宝文様は円を繋いで描かれることから、円満な人間関係や子孫繁栄を意味すると言われています。

宝尽くしの柄行の一つにも数えられ、華やかで縁起の良い模様として現在でも親しまれています。

亀甲

亀甲文様は、その名の通り亀の甲羅の六角形が由来となっている文様です。
正六角形を基本とするシンプルな幾何学模様であり、長寿や吉兆の象徴である亀がモチーフになっていることから、現代でもフォーマル、カジュアル問わず多くの着物の意匠に用いられています。

亀甲文様は、飛鳥時代から奈良時代にかけて中国から日本へ伝わったとされています。
当時、中国では「亀ト(きぼく)」という占いにより、政(まつりごと)の意思決定が盛んに行われていました。亀トとは、亀の甲羅を長時間火にかけ、割れてヒビが入った甲羅の模様から吉兆を占うものです。亀の甲羅には、古くから神聖な意味が込められていたことがわかります。
平安時代までは上流階級にしか使用が許されなかった亀甲文様も、鎌倉時代以降になると武士の間で多用されるようになり、庶民の目にも触れるようになりました。

亀甲文様には多くの派生があり、三つの亀甲を繋ぎ合わせた毘沙門亀甲(びしゃもんきっこう)、亀甲の中に花菱を配した亀甲花菱、六角形の連なりを繰り返したデザインの亀甲繋ぎなどが有名です。

花菱

花菱文様は、四枚の花弁を菱型にデザインした文様です。
シンプルな菱文様と比べ、華やかで美しいシルエットから、白生地の地紋や帯の織り文様としても良く使われています。

花菱を四つ集めて一つの菱型に配した意匠は特に「四花菱」と呼ばれます。
豪華でありながら上品さがあり、フォーマルスタイルの強い味方となる文様です。

まとめ

吉祥文様や正倉院文様にも派生する、伝統的な「有職文様」についてご紹介いたしました。

一言では説明しにくい歴史を持つ有職文様ですが、由来を知ることで、どこか堅苦しく敷居の高いイメージから、古代オリエントのロマンティックな趣と風雅な和の香りを併せ持つ魅力的な文様として見ることができるようになったのではないでしょうか。

ぜひお手持ちの着物や帯の中に、有職文様が見つけられるかどうか探してみてくださいね。

<着物の柄の記事はこちら>