夏の着物でよく用いられる素材・紗。透け感があり、暑い中でも軽やかな装いを楽しめるのが魅力です。
しかし、いざ夏でも紗で着物を楽しみたいと思っても、
「紗にも種類があるって本当?」
「家でもお手入れできる?」
「同じ夏用の素材・絽との違いは?」
「夏用とは聞くけど、着用時期に細かな決まりはないの?」
など、多くの疑問をお持ちではないでしょうか?
近年の温暖化の影響もあり、従来の着用ルールもだいぶ緩くなっていてわかりにくいかもしれません。
そこで今回は、夏着物に使われる紗についてまとめました。
特徴や種類などの基本情報から、着物や帯といった製品ごとの着用時期やシーン、選び方のポイントもご紹介します。製品によっては1年中活躍してくれるものもあるんですよ。
夏に着物を着ようと考えている方はもちろん、暑い日でも快適に着物を楽しみたい方もぜひ最後までご覧ください。
▼夏の着物「薄物」に関してはこちらの記事で解説しています。
この記事の目次
紗とは?
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紗とは、全体にあいているすき間によって、生地の向こうが透き通って見える織物です。経糸2本を交差させてから緯糸と織っていく「もじり織」という織り方で織られています。
光と風を通す透け感が特徴で、着ていても見た目も涼しげに映るのが魅力。着物や帯、羽織に長襦袢など、幅広く使われています。
以前は7月から8月の盛夏に着る素材とされてきましたが、暑さの厳しい現代では6月から9月まで着られるようになりました。
一般的に観劇やレストランでの食事など、おしゃれ着や普段着に活躍してくれる生地です。
紗の特徴
紗の特徴は以下の通りです。
・透け感がある
・通気性に優れている
・ハリがあり、しっかりとした手触り
・しわやスリップ(※)にも強い
※スリップ:繊維が切られることなく糸が引っ張られて形が崩れたり、生地が歪に寄ったりすること。別名「糸引け」。
全体にすき間のある絽は、透け感が最大の特徴です。もじり織によって作られたすき間は風や光を通し、通気性のよさはもちろん、視覚からも清涼感をもたらします。
紗と同じく夏に用いられる絽よりも透け感が強く、着ていて涼しいのも嬉しいポイント。
糸と糸を複雑にからませて織る紗は、しっかりとした手触りで、ハリがあるのも魅力のひとつです。透ける素材でありながら、しわやスリップにも強く、耐久性にも優れています。
紗の着物はいつ着る?
透け感の強い紗は、夏でも特に暑さの厳しい7月〜8月の盛夏に着用する着物です。
しかし、近年は30℃を超えるような暑さが5月にやってきたり、9月まで続いたりする日も少なくありません。そのため、紗の着用時期は昔に比べて長くなり、6月〜9月まで着用できるようになっています。
7〜8月がメインですが、着物を着る日の気候や体感、出かけた先の環境(クーラーなど)で6月や9月にも紗は着用が可能です。
※紗の着物製品ごとの着用時期は、後ほど詳しくご紹介します。
組織図で見る紗と絽の違い
紗と同じく夏物に使われている生地が「絽」です。
もじり織である絽と紗はどちらも生地にあるすき間が特徴ですが、糸と糸の間にすき間を生み出すもじり織の間隔に違いがあります。
緯糸1本ごとにもじり織が入るのが紗です。
対して、絽はもじり織ともじり織の間に平織が入ります。つまり、すき間のない部分ができるのです。
そのため、紗は生地全体に細かく入っているすき間が、絽は縞模様のように見えます。
紗か絽か判断がつかない場合は、すき間の入り方に注目してみてください。
※紗と絽の格の違いについて
紗はセミフォーマルからカジュアル、絽はフォーマルと言われていましたが、現代ではルールも薄れつつあります。
無地の紋紗をフォーマルな場へ着ていくこともできるため、紗だから、絽だからではなく、柄や色合いで判断しましょう。
▼絽の種類や製品ごとの着用時期についてはこちらの記事で解説しています。
紗の素材は?洗えるの?
紗は生地や織り方の名前なので、「紗」とひとまとめにしていても使われている素材はさまざまです。
代表的なものを以下にまとめました。
・絹
・木綿
・麻
・ポリエステル など
夏場に着物を着るなら気になるのが汗です。汗はカビやシミの原因になってしまうため、夏場に着るなら直ぐにでも洗いたいところ。
木綿や麻、ポリエステルは洗えるため、自宅でも洗濯が可能です。
絹は、縮む可能性があるため自分では洗えません。
中には絹でもご自身で洗濯をしている方もいますが、縮んで丈や裄が短くなって後悔する可能性もあります。安心して任せられるクリーニングに出しましょう。
しかし、最近は絹でも自宅で洗える製品が登場しています。
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上記以外にも機能性に優れ、着心地もよい素材が次々に開発されているので、紗を購入する際は、まず素材をチェックしてみてください。
自宅で洗えるのか、クリーニングに出す必要があるのか確認し、夏着物を着る頻度やお手入れのしやすさで選びましょう。
紗の種類
紗の種類は以下の通りです。
・駒紗
・平紗
・縞紗
・紋紗
糸や織り方の違いで分けられている紗の特徴を、それぞれ解説します。
駒紗
駒紗には、強い撚りをかけた駒糸を使っています。
生地にはシャリ感とコシがあるのが特徴です。
平紗
平紗は、撚りのかかっていない平糸を使っている紗です。
手触りがよく、光沢があります。
縞紗
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縞紗は、縞模様を織り出した紗です。
紋紗
紋紗は、柄を織り込んだ生地です。
透けた部分(紗)と透けない部分(平織)を作り、文様を際立たせます。
紋紗は、地の部分の織り方で呼び方が変わり、以下の2種類に分かれます。
・顕紋紗(けんもんしゃ):地が紗(からみ織)
・透紋紗(すけもんしゃ):地が平織
顕紋紗
顕紋紗は、地がからみ織、柄の部分は平織りで織られた生地です。
平安時代、織り方が複雑で難しい羅の技法が途絶えた平安時代には、顕紋紗が盛んに作られました。
▼一度技法が途絶えながら復活した羅についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
透紋紗
透紋紗は、地が平織、柄の部分がからみ織で作られている生地です。
地が透けるため、下に着ている衣の色で文様が浮き出て見えます。
紗ではない?模紗・疑紗とは?
紗によく似た生地で、「模紗」や「疑紗」と呼ばれるものがあります。
すき間のある見た目はそっくりですが、正確には紗でも絽でもありません。実は、もじり織ではなく平織ですき間を作っている製品なのです。
からみ織は、経糸同士をからませる特殊な織り方をしています。準備工程も複雑で、専用の装置を使わなければ作れません。ほとんど手作業のように織るため、量産しづらいという弱点を抱えています。
紗や絽の透け感や通気性のある生地を平織で得られるようにしたのが、模紗や疑紗です。
からみ織を使った紗を「本紗」と呼んで区別する場合もあります。
見た目が似ているがために、模紗や疑紗でも絽や紗と記載されているケースもあるので、購入時は注意しましょう。
紗の着物製品と着用時期
紗の着物製品と、それぞれの着用時期は以下の通りです。
紗の製品 | 着用時期 |
着物 | 6月~9月 ※紗袷の場合は、5月中旬~6月と9月 |
羽織・ちり除けコート | 真冬以外のスリーシーズン(春夏秋) |
帯 | 6月上旬~9月上旬 ※透け感が強いものは盛夏(7~8月) |
長襦袢 | 6月~9月 |
小物類(半衿や帯揚げなど) | 6月~9月 |
紗の着用時期は6月〜9月頃までとされています。
絽よりも透け感の強い紗は、最も暑い7~8月の盛夏に着るものとされてきました。しかし、近年の温暖化の影響で5月や9月でも暑い日があるため、ルールは緩くなっています。
また、紗の中でも羽織と紗袷は、着用時期が異なるため注意が必要です。
着用時期はあくまでも目安。着る人の体感や気候、好みによって自分なりの着こなしができるようになっています。ぜひ参考にしてください。
▼夏着物をコーディネートするコツはこちらの記事で詳しくご紹介しています。
夏着物
透け感の強い紗の着物を着る期間は、6月から9月までです。
かつては、7月から8月までの盛夏にしか着れないものとされてきました。温暖化の影響で5月や9月も真夏のような暑さになる日も増え、着用期間が延びているのは、前述した通りです。
中には、9月は透ける着物をあえて避けている着物愛好家もいます。
季節感を大切にしつつ9月も紗を着たい場合は、着物の柄や色、コーディネートで秋を表現するのがおすすめです。
以前に比べてルールは緩くなっていますので、自分の好みや体感に合わせて選びましょう。
紗袷とは?
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紗の着物で気を付けたいのが「紗袷」です。
紗袷は、紗を2枚、もしくは紗と絽を重ねて作られています。下に柄、上には無地の生地を重ねて透かせ、陰影を楽しめる粋な着物です。
紗袷は他の紗とは着用期間が異なり、5月中旬から6月いっぱいと、9月にのみ着用できます。季節の変わり目にあたる短い期間しか着られない贅沢な着物です。
羽織・ちり除けコート
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羽織やちり除けコートにも、紗が使われています。
他の着物製品と違い、紗の上物を着れる期間は真冬以外のスリーシーズンと長いのが特徴です。桜の散る4月から、紅葉の時期まで着られます。
紗の羽織やコートは、下のコーディネートが透けて見えるのが魅力。
身体の動きに合わせ、着物や帯の色や柄がふわふわと軽やかに動きます。1枚羽織るだけでこなれた雰囲気を演出できるアイテムです。
紗の羽織やコートは防寒よりも、ちり除けの役割を担っています。大切な着物や帯を守ってくれるので、おしゃれはもちろん冷房が効きすぎているときのためにも1枚は持っておくのがおすすめです。
帯
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紗は、帯にも使われています。透け感のある紗の帯の着用期間は、6月上旬から9月上旬までです。
以前は紗の帯も盛夏用とされていましたが、現在では夏の間着用できるようになってきました。5月や9月でも暑い日には紗などの夏帯を使う方が増えている傾向です。
ただし、透け感が強いものは盛夏(7~8月)向きとされているため、少し肌寒いと感じる日は寒々しく見える可能性があります。気候や体感によって合わせましょう。
紗の帯の中でも帯芯に柄が描かれている「紗袷」は、柄にもよりますが5月頃から夏、さらに袷の着物にも締められる帯です。
1年中使える博多帯にも、夏用の紗献上があります。透け感があるため、浴衣や小紋などに合わせれば夏らしい装いが楽しめます。
初めて夏帯を購入する際は、長く使えそうな素材や柄を選び、徐々に季節感を楽しめる期間限定のものを揃えていくのがおすすめです。
長襦袢
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紗は、長襦袢でも定番です。盛夏用とされていますが、夏が長くなっている近年では着物や帯と同じく着用期間も延びています。6月から9月に着ますが、暑がりな方や襦袢で体感を調整したい方は、1年中着ることも可能です。
袷用の半衿を付ければ、見た目には夏用とは気付かれません。夏以外に使うなら、特に袖口から見えても夏用とわかりにくい濃い色の長襦袢がおすすめです。
夏着物用の長襦袢選びで気を付けたいのが、二部式長襦袢と衣紋抜き。
紗や絽などの透ける着物では上から透けて見えてしまいます。部屋でチェックしたときは大丈夫だったのに、太陽の下に出たら透けていた!というケースも。
丈の短さや着付け方まで見えてしまうので、自分に合ったサイズの長襦袢を丁寧に着付けましょう。
また、紗の長襦袢のほうが相性がよいと言われていますが、紗でなければいけない決まりはありません。肌と触れるアイテムなので、着心地のよさや肌触りで選んでくださいね。
▼長襦袢の選び方や仕立て方についてはこちらの記事で詳しくご紹介しています。
半衿・帯揚げなど小物類
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半衿や帯揚げなどの小物類に紗が使われている場合は、6月〜9月が着用期間です。
以前は夏中ずっと使える絽に対して、紗は盛夏のみとされてきましたが、現在では夏中ずっと使う方も増えています。
夏の間でも季節感を出したいなら、透け感の強さで変えてみてください。単衣の時期には透け感の少ない紋紗を、7月や8月になったらしっかりとした透け感のあるものを使ってみてください。
9月になったら秋らしい色合いを取り入れてコーディネートするのもステキですよ。
▼半衿の格や季節による使い分けについては以下の記事で詳しく解説しています。
▼帯揚げの種類と合わせ方のポイントはこちらをご覧ください。
まとめ
もじり織によって作られる紗。特徴であるすき間が風や光を通し、通気性よく視覚からも涼しげな雰囲気を演出できます。
同じく夏着物に用いられている絽とは、もじり織の入り方に違いがあるため、すき間の間隔で見分けましょう。
かつては7月と8月だけまとえる贅沢な素材でしたが、温暖化の影響で6月から9月までと着用期間は延びています。
夏以外にも使える羽織や長襦袢は1枚持っておくと便利です。長襦袢は、春や秋の暑い日や暖房で暑いと感じる冬にも、暑さ調整で活躍してくれます。
生地を重ねて着る着物だからこそ、味わえる紗の「透け感」。全身が布で覆われているにも関わらず、見る人に涼を感じさせてくれる紗を身にまとって、夏限定の着物を楽しんでくださいね。