「弓浜絣ってどんな絣?」
「特徴や歴史は?」
「どうやって作られているの?」
島根県西部で今も織られている『弓浜絣』。素朴な色合いや他の絣にはない特徴的な模様が魅力です。
江戸時代に織り始め、国の伝統工芸品にも登録されています。
しかし、「絣は知っているけれど弓浜絣は知らなかった」という方も多いのではないでしょうか?
農家の女性たちが織り始めた弓浜絣の模様には、織り手たちの祈りや願いが込められていると聞くと、歴史や特徴が気になってきますよね。
本記事では、初めて弓浜絣を知ったという方のために基本情報から歴史、製造工程や着用シーンまで詳しくご紹介します。
体験や見学ができる工房も紹介していますので、ぜひ最後までご覧ください。
この記事の目次
弓浜絣とは?
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弓浜絣とは、鳥取県米子市・境港市の弓ヶ浜半島で作られている藍染の綿織物です。
倉吉絣(くらよしかすり)と広瀬絣(ひろせがすり)と同じく、山陰の三絵絣のひとつに数えられています。
特徴は、温かみのある柔らかな風合いと素朴な絵柄。
着心地がよく、丈夫さや動きやすさ、洗いやすさから、農業を営む人々の衣服や生活雑貨として長く愛用されてきました。
1975年には国の伝統工芸品に登録され、1978年には綿の栽培から製糸、染色、織り上げまですべての製造工程が島根県の指定無形文化財に指定されています。
着物用の他にも、巾着袋やペンケース、コースターなども製作され、活躍の場を広げている織物です。
▼木綿着物についてはこちらも合わせてご覧ください。
伝統的工芸品『弓浜絣』の定義
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伝統工芸品『弓浜絣』を名乗るためには、定められた条件を満たさなければなりません。
原材料の綿糸はもちろん、染色方法も手括りと定められ、工程はすべてが手作業。平織りなどの技術や技法に至るまで細かく指定されています。
条件をクリアした弓浜絣を証明する証紙は、以下の2種類です。
・鳥取県弓浜絣協同組合の証紙
・経済産業大臣に指定された伝統工芸品のシンボルマーク
弓浜絣協同組合の証紙には、落ち着いた茶色の長方形に「弓浜絣」「鳥取県弓浜絣協同組合」「合格」の文字が入っています。
伝統的工芸品のマークは、黒い縦長の長方形の上部に伝統の「伝」の文字と日の丸を表す赤い丸印が目印です。
どちらも弓浜絣の品質と産地を保証し、責任と誇りを表すマークなので、ぜひチェックしてみてください。
『弓浜絣』の特徴
弓浜絣の特徴は丈夫さと風合い、そして繊細な絣模様です。
洗うほどに肌になじみ、木綿の吸湿性と保温性で着心地もよく動きやすい弓浜絣は、農家の普段着として作られてきた歴史があります。
何度洗ってもへこたれない丈夫さは、野良着として長く使うためには必要不可欠な要素でした。
ウールに似たような温かみのある風合いも魅力のひとつです。
藍染の深い青と、染まらずに残った木綿の白とが織り成す絵絣模様は、山陰の三大絵絣に数えられるほどの繊細さを誇っています。
素朴でざっくりした風合いが特徴
農業を営む人々が自分たちのために織り始めた弓浜絣は、素朴な風合いが特徴です。
柔らかく、ウールのような温かさを感じられます。
秘密は原料である伯州綿。繊維が太く弾力が強い特性があり、保湿性に優れています。古くから着物の綿入れや布団に重宝されてきました。
絣独特の少しかすれたように見える絵柄も、味わい深さを醸し出しています。
繊細な絵絣模様が評価されている
山陰の三大絵絣にも数えられるほど、地方色豊かな絵柄も弓浜絣の特徴です。
美しい曲線を活かした鳥の羽根やまるみは、他の絣には見られません。
縞模様の他、幾何学模様や青海波、麻の葉柄などが、繊細でありながら大胆に表現されています。
特に多いのが松竹梅や鶴亀、七宝などの縁起の良い柄です。
弓浜絣は、農家の女性が家族のために織ったことから始まりました。
デザインされた絵柄ひとつひとつに家族の幸せを願う織り手の温かい気持ちや愛情が感じられます。
弓浜絣の歴史
弓浜絣の始まりは江戸時代中期、17世紀後半にまで遡ります。
繁栄と衰退を経験しながらも、現代まで受け継がれてきた弓浜絣250年以上の歴史をひも解いていきましょう。
弓ヶ浜地方の綿栽培のはじまり
弓浜絣は、原料となる綿の栽培から始まりました。
砂地の弓ヶ浜地方は綿の栽培に適しており、江戸時代前期には始まっていたと言われています。
栽培されていたのは、この地域特産の「伯州綿(はくしゅうめん)」です。浜綿(はまわた)とも呼ばれ、質の良さから全国に広く知られるほどの特産品でした。
身近にあった伯州綿を使用し、農家の女性たちが仕事や家事のかたわら糸を紡ぎ、藍で染めて絣を織り始めます。
弓浜絣の登場と最盛期
江戸時代中期にあたる1751年頃、弓浜絣は家族用に仕事着だけでなく晴れ着や布団などに使われる生活の布でした。
衣類を自給する目的と藩からの奨励もあり、女性たちは絣の技術を習得し、技法を高めていきます。
1804~1818年には、「浜の目絣」や「浜絣」と呼ばれる絵絣が織られ始めました。
江戸時代から大正時代にかけて山陰地方は絣の産地として広く知れ渡り、弓浜絣は最盛期を迎えます。
中でも弓浜絣は農家の女性が織ったという親しみやすさや丈夫さから人気を集め、鳥取が全国で3位の絣生産地となる一端を担いました。
伝統的工芸品の指定と現在
明治時代に入ると安価な外国産綿花の輸入が始まり綿の生産が減少、絣産業にも翳りが見え始めます。当時は人々の服装が和服から洋服に変化したことで絣の需要も減り、徐々に衰退していった時代です。
弓浜絣も、戦後の後継者不足などもあり存続の危機に立たされます。
しかし、1975年に国の伝統工芸品に、1978年には鳥取県の無形文化財に指定されると、各地で保存活動が活発に行われ始めました。
絣自体の需要が激減した現在では、弓浜絣の生産量はわずかです。
それでも、後世に残すために保存や周知に力を入れ、人材育成プログラムを修了した若手が独立し、新たな工房もできています。
コースターやペンケースなど時代のニーズに合わせた製品も登場。熟練のベテランとお互い刺激を与え合いながら、技術と伝統をつないでいます。
弓浜絣の製造工程
弓浜絣の製造工程は、大きく分けて以下の3つです。
・よこ糸工程
・たて糸工程
・製織工程
平織り基本の弓浜絣には、独自の製造工程としてよこ糸工程の中に「種糸作り」という作業があります。糸を染める際の目印となる重要な工程です。
種糸作りの原図作成から墨付けまでの作業を中心に、製造工程をご紹介します。
よこ糸整経
整経は、よこ糸を必要な数でまとめて張る作業です。綿をほぐして糸車で紡いだ糸を使用します。絣を織る前の基本となる工程です。
原図作成
「種糸作り」の最初の工程は、絣のデザインを決める原図の作成です。和紙に絣模様を細かく描いていきます。
種紙
デザインを彫り、抜いたものが種紙です。
一般的に、たくさん織る場合はしぶ紙を使用します。
原糸作り
次は、絣を織る際に元となる原糸を作る作業です。
土台となる糸を巻き取っていきます。糸が伸びると絣の仕上がりにも影響を及ぼすため、しっかりと固定することが大切です。
絵台の糸かけ
巻き取った原糸を、絵台または種糸台と呼ばれる長方形の台に張っていく工程です。
柄に合わせて密度を調整します。密度を合わせるためには職人の経験と感覚が重要となる作業です。
墨付け
墨付けは、下絵を墨で描いていく工程です。
絵台にかけた糸にデザインを彫った種紙を置き、上から目印をつけていきます。
よこ糸括り
白く表現したい糸の部分を、別の糸で括る工程です。
最初に整経したよこ糸を使用し、墨付けされた場所を目印に括っていきます。
染色
括った糸を染める作業です。
藍や草木、化学染料などがありますが、弓浜絣は昔ながらの藍のたて方を守り、特徴のひとつである藍色に染め、独特の風合いを出していきます。
絣括り解き
括っていた糸を解く作業です。
解いたあとはあく抜きと洗浄を行い、乾かします。
絣よこ糸割り
乾いた糸を1本ずつ割る工程です。
括る際に目印となった種糸も、この工程で取り除いておきます。
よこ糸管巻き
1つの模様を織るために必要な長さの糸を、機織りの部品である管に巻き、よこ糸の準備が完了します。
よこ糸とは別にたて糸を作る工程を行い、2つの糸が揃って布を織る工程(製織)に入ります。弓浜絣の完成には、多くの工程と人の手が必要です。
弓浜絣の着用シーン・お手入れ方法
着物を着る際にハードルを感じやすいのが、格式や着用後のお手入れでしょう。
弓浜絣は、丈夫でお手入れがしやすいことが魅力のひとつです。
素敵な絵絣や風合いを存分に楽しむために、気になる着用シーンやお手入れ方法をご紹介します。
真夏以外着用OKな単衣着物
弓浜絣をはじめとする木綿着物は、9月から翌年の6月頃まで着用が可能です。
季節を問わず通年で着られるのが木綿の良さですが、繊維が太い伯州綿では、25℃以上の夏日になると暑く感じてしまうかもしれません。
汗が気になる時期になったら、水洗い可能な襦袢や涼しい麻の襦袢がおすすめです。
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また、単衣仕立ての木綿着物は冬場は寒いと感じる場合もあります。襦袢を袷やモスリンにしたり、コートを着るなどして体温調整を行いましょう。
調整すれば本格的に暑くなる真夏以外に着用できますので、1年の中でも長く楽しめる着物です。
弓浜絣の着用シーン
弓浜絣はカジュアルな着物です。洋服のワンピースに近い感覚で着られます。
自由度の高い着物なので、友人とのランチや街への気軽なおでかけにもぴったり。
一方で、正装が求められる結婚式などのフォーマルな場面への着用には向いていません。目上の方との会食など、あらたまった場所には着ていかない方がよいでしょう。
弓浜絣をはじめとする木綿着物は、着物好きな方の多くが普段着として愛用しています。浴衣の着付けに慣れた後の着物としてもおすすめです。
▼木綿着物に関してはこちらで詳しく解説しています。
弓浜絣の洗い方
丈夫な弓浜絣は、自宅での水洗いが可能です。
洗剤は中性洗剤を使用しましょう。
洗濯ネットに入れ、おしゃれ着コースで脱水なしに設定すれば洗濯機でも洗えます。
しかし、できれば洗剤を溶いた水で、優しく押し洗いをする手洗いがおすすめです。
洗濯機でも手洗いでも脱水はバスタオルに挟んで行い、着物ハンガーで形を整えた後は陰干しで乾かします。
日光が色が褪せる原因になるため、必ず陰干しをしてください。
濡れたまま放置すると色移りや色落ちする可能性があるので、注意が必要です。
簡単に手入れができるのが弓浜絣の魅力ですが、気になる汚れを見つけて無理に落とそうとすると生地が傷む可能性があります。長くきれいな状態で着続けるためにも、なるべく早めに専門店に相談しましょう。
▼着物のクリーニングに関してはこちらで詳しく解説しています。
弓浜絣の工房見学や体験はできる?
弓浜絣の工房見学や体験を受け付けているのは、以下の3つです。
・ごとう絣店
・弓浜絣工房B
・織房 絲の文
体験や見学は弓浜絣を作る大変さやひとつひとつの工程の大切さを感じ、伝統にも触れられる絶好の機会です。鳥取県を訪れた際は、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。
※記載内容はすべて2023年6月現在のものです。
ごとう絣店
ごとう絣店は、弓浜絣の伝統を守りながらも、新しい試みにも挑戦し続けている工房です。
手織りのよさがわかる機織り体験を受け付けています。
価格や開催日時は、電話やメールで問い合わせましょう。
住所 | 鳥取県米子市茶町10 |
アクセス | 「米子駅」より徒歩10分 Googleマップはこちら |
体験内容 | 機織り体験 |
営業時間 | 体験受付時間は要問い合わせ |
予約 | 電話:0859-22-5414 メール:yumihamagotoh@cocoa.plala.or.jp |
公式サイト
弓浜絣工房B
弓浜絣工房Bは、現代の生活にも溶け込む弓浜絣を製造・販売している工房です。
伯州綿の栽培から織りまでをすべて手掛けており、見学を受け付けています。
見学は予約が必要ですので、必ず問い合わせをしてから訪れましょう。
住所 | 鳥取県境港市中野町5473 |
アクセス | JR「馬場崎駅」または「上道駅」より徒歩約10分 Googleマップはこちら |
体験内容 | 見学 |
営業時間 | 10:00~17:00 |
予約 | 電話:0859-21-5939 |
公式サイト
織房 絲の文(しょうぼう いとのあや)
織房 絲の文は、受け継がれた技で織られた伝統的な絵柄が特徴の弓浜絣を製作する工房です。
伯州綿を庭で育てて、手紡ぎ糸を使った作品も製作しています。
見学を受け付けていますので、事前に予約をしてから訪問しましょう。
住所 | 鳥取県境港市 |
アクセス | ― |
体験内容 | 見学 |
営業時間 | ※要問い合わせ |
予約 | 電話:090-2217-3324 |
公式サイト
まとめ
農家の女性たちが自宅で使うために織ったことから始まった『弓浜絣』。良質な伯州綿で作られる柔らかな風合いと、家族を思って織られた絵絣模様が特徴です。
昔ながらの技法を守り、現在も鳥取県弓ヶ浜半島で織られ続けています。
お手入れも自宅で簡単にでき、カジュアルな着物として活躍してくれますよ。
織り手の温かい気持ちも糸とともに織られた弓浜絣を身にまとい、250年以上の歴史を味わってみませんか?