「伊予かすりって何?」
「特徴は?」
「どこに着ていける着物なの?」
日本三大絣のひとつである伊予かすり。
柔らかさと着心地のよさなどから、作業着や日常着として利用されてきた木綿絣です。
200年以上もの歴史があり、ピーク時は日本一の生産量を誇っていました。
しかし、2023年4月現在、残っている生産工房は1軒のみ。
あまり広く知られておらず、今回初めて知ったという方も多いのではないでしょうか?
庶民の布として愛されてきたにも関わらず、今や貴重となってしまった伊予かすりの歴史や特徴が気になりますよね。
そこで本記事では、愛媛県の伝統的特産品である伊予かすりの基本情報から着用シーン、コーディネートまで徹底解説します。
日本人のそばで使われてきた伊予かすりの魅力と、後世に残そうと奮闘する方々の姿を知ると、きっと実際に着て応援したくなりますよ。
唯一残っている工房主催の体験もご紹介していますので、ぜひ最後までご覧ください。
伊予かすりとは?
伊予かすりは、愛媛県松山市で生産されている綿織物です。
福岡県の久留米絣と広島県の備後絣とともに、日本三大絣のひとつに数えられています。
深い藍色の落ち着いた色合いと模様の鮮やかさが特徴で、通気性や耐久性のよさから庶民の布として長く利用されてきました。
洋服が浸透し和服が日常着ではなくなった現代では、唯一残った1社が伝統を守り続けています。
▼久留米絣はこちらで詳しくご紹介しています。
▼備後絣はこちらを参考にしてください。
愛媛県の伝統的特産品『伊予かすり』
1980(昭和55)年、伊予かすりは愛媛県の伝統的特産品の指定を受けました。登録は「伊予かすり」ですが、「伊予絣」と漢字表記する場合もあります。
とはいえ、生地や反物を見ただけでは伝統的特産品の判断が難しいですよね。
そんなときに頼りになるのが「証紙」です。
緑の枠に囲まれたマークには「愛媛県指定伝統的特産品」や「伊予織物工業協同組合」も明記されているため、見分けやすいでしょう。
また、見分けるために知っておきたい証紙が他に2つあります。
・伊予かすりの商標登録
・手織り
商標登録の証紙は長方形で、「本場」や「愛媛県」「検査証」などが印刷されています。
手織りの証紙は赤いダイヤ形に銀色の枠で、印刷されているのは「高級手織絣」や「綿100%」です。
反物の場合は、生地の織り始め部分(織り出し)に、「伊予かすり」と入っているかもチェックしてみてください。
どうしても見分けられない場合は、お店のスタッフや販売サイトに問い合わせましょう。
柔らかく耐久性のある伊予かすり
伊予かすりの特徴は、柔らかさと耐久性です。
丁寧に織り込まれた綿100%の生地は、耐久性や吸水性、通気性に優れています。細い糸で織られているため柔らかく、肌にもよく馴染み、着心地は抜群です。
実用性の高さから、野良着や作業着として全国の農家で広く使用されました。
しかし、伊予かすりが買い求められた理由は着心地や実用性だけではありません。
ここからは、伊予かすりの柄と染料について詳しく見ていきましょう。
地域色溢れる絵絣と現代風の柄
伊予かすりの特徴に、絵絣やモダン柄など模様の多彩さがあります。
絵絣とは、吉祥模様や自然などを絵のように織りで表現した絣柄の一種。
代表的な絣模様以外にも、伊予かすりでは城や花など凝った絵柄も織られているのです。
かつて頻繁に物を買えなかった時代、長く使用する着物のデザイン選びは大切なポイントでした。
他にはない模様でお気に入りを見つけられるのも、伊予かすりが支持された理由のひとつでしょう。
城やバラなど、先に染めた糸で織られたとは思えないほどの精密さに、一目見れば思わずため息がこぼれますよ。
現在も幾何学模様などモダンなデザインが織られ、選ぶ楽しみを提供し続けています。
防虫効果の藍染で農家に愛された着物
海外で『JAPAN BLUE』と称される藍染も、伊予かすりが支持された理由です。
古くから、濃い藍染めには防虫作用があると言われています。
藍染をタンスに入れると防虫剤になると耳にした方も多いのではないでしょうか。
蛇や虫が寄ってこない藍染めは、野良着やもんぺ、足袋などで農家に重宝されてきました。
藍染には、消臭・保温・紫外線防止効果などもあるとされ、近年ではアトピー性皮膚炎への効果も注目されています。
藍染めで布が強化され、洗濯にも耐えられる丈夫さも愛用された理由でしょう。
参考
・沖縄県工業技術センター研究報告|国立研究開発法人 科学技術振興機構
・【青森県】あおもり藍|とうほく知的財産いいねっと|経済産業省
伊予かすりの着用シーンとコーディネート
伊予かすりは布が柔らかくて着付けやすく、着心地もよいのでビギナーさんにもおすすめの着物です。着物の取り決めにハードルを感じ、着用をためらってしまうのはもったいない!
そこで伊予かすりの着物を着るために把握しておきたい格や、魅力を発揮できるコーディネートを、お手入れ方法とともにご紹介します。ぜひ参考にしてくださいね。
伊予かすりはカジュアルな着物
伊予かすりはカジュアル着物に分類されます。
洋服のデニムに近いイメージです。気軽な街へのお出かけや友人とカフェでランチなど、肩肘を張らないラフな場面に着ていけます。
一方で、木綿製の伊予かすりは、フォーマルな場面には向きません。正装を求められる結婚式などへの着用は控えましょう。
あらたまった場所でなくとも、目上の方と会う場合は避けたほうが無難です。
水仕事もできる木綿着物は疲れにくく、着物が日常着という多くの方が部屋着として愛用しています。
まずは着付けや所作に慣れる練習として、家で着るのもおすすめです。
▼木綿着物に関してはこちらの記事で詳しく解説しています。
真夏以外着用OKな木綿着物
伊予かすりをはじめとする木綿着物は、本当に暑い真夏を除いて通年で着用できます。
単衣で仕立てられる場合が多く、インナーや羽織などで調節が可能です。
木綿には薄い生地もありますが大半は厚手なので、25℃以上の夏日をこえると汗ばむかもしれません。暑くなってきたら、水洗いできる襦袢の着用がおすすめです。
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一方、真冬に突入する頃には寒く感じてしまうことも。襦袢を袷やモスリンにしたり、外出時にコートを着用したりして体温調整をしましょう。
木綿着物は9月から翌年6月の単衣と袷の季節なら着用が可能です。着ていて快適になるようインナーなどで体温調整をしつつ、長い期間着物を楽しんでくださいね。
伊予かすりに合わせる帯は名古屋帯や半幅帯
伊予かすりは、着ていくシーンに合わせて名古屋帯と半幅帯を使い分けましょう。
カジュアル着物の伊予かすりには、気軽に締められる半幅帯がおすすめです。
帯締めや帯揚げなどがなくても締められるので、小物が揃っていなくても着物が楽しめます。帯結びが簡単で、着付けのハードルが低いのも嬉しいポイント。
着物の柄や帯合わせによっておしゃれ着としても着られます。
銀座や日本橋など少しおめかししたお出かけやお呼ばれには、グレードを上げて名古屋帯を合わせましょう。
ざっくりとした八寸帯や博多帯、染め帯なども合います。
着ていく場所や会う人も考えて、帯を使い分けてくださいね。
▼帯の種類や格式はこちらで詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
華やかにもシックにも着こなせる伊予かすりのコーディネート
伊予かすりは色合いが素朴で主張しないので、気分や好みに合わせてコーディネートを楽しめます。
華やかに装いたいなら、きれい色の帯がおすすめです。ピンクやターコイズブルーなどの他、赤い博多帯も似合います。
逆にシックな着こなしにしたいときは、あえて無地やおとなしい色の帯を合わせてみましょう。帯揚げや帯締めなどの小物で差し色を加えれば、ぼんやりとした印象にもなりません。
伊予かすりの魅力が十分に引き出され、着物上級者の雰囲気が漂いますよ。
着物や帯、小物との組み合わせ次第で、印象が変わるのは着物の醍醐味。
初めは悩みますが、受け皿が大きな伊予かすりでさまざまなコーディネートを楽しんでくださいね。
伊予かすりは自宅で洗濯OK
伊予かすりは、自宅で洗濯できる丈夫さも魅力のひとつです。
洗う際おしゃれ着用の中性洗剤を使います。
洗濯機の場合は洗濯ネットに入れ、おしゃれ着コースやドライコースで脱水の前まで回しましょう。
手洗いの場合は洗剤を溶いた水に浸し、優しく押し洗いをします。
バスタオルに挟んで水分を取ったら、着物ハンガーで形を整えて陰干しを。テカりが出てしまう可能性があるため、アイロンは裏側からかけましょう。
洗濯をする際は以下の点に注意してください。
・漂白剤は使用しない
・色落ちや色移りすることがあるため、濡れたまま放置しない
・日光にあてると色が褪せる原因になるため、必ず陰干しする
上記をおさえれば自宅で簡単にメンテナンスできるため、汚れが気になる食事や旅行にもおすすめの着物です。
着用したら自分でお手入れし、徐々に味が出て育っていく伊予かすりを楽しみましょう。
ただし、汚れを無理に落とそうとすると貴重な生地が傷む場合があります。自分で何とかしようとせず、なるべく早めに専門店やクリーニング店に相談してくださいね。
▼着物のクリーニングはこちらの記事で詳しく解説しています。
伊予かすりの歴史
伊予かすりには、200年以上もの歴史があります。
愛媛県で誕生し、時代の波に翻弄されながらも現在まで受け継がれた伊予かすりの歴史をひもといていきましょう。
始まりは綿花栽培と農家の副業
伊予で木綿織物が生産されるようになったのは、江戸時代の元禄(1688〜1704年)の頃です。
まず瀬戸内海沿岸で、糸の原料となる綿花の栽培が広がりました。
すると、農家の女性たちが、糸つむぎや機織りなどの仕事を農作業の合間に行うようになります。
伊予かすりの前に『伊予結城』や『伊予縞』などと呼ばれる縞木綿が発展し、農家では一般的な副業となりました。
12歳で才覚を表した「鍵谷カナ」と今出絣
伊予かすりの考案者は、鍵谷カナという女性です。1782年に伊予の垣生村今出に生まれました。
幼い頃から裁縫を習い、12歳頃にはすでに近隣で知られるほどの織り手だったといいます。
その後カナは農家に嫁ぎ、伊予結城を作っていました。
18歳になった頃、屋根のふき替えで見た古竹に、きれいに残った縄の跡に着目。織物に応用し、新たな絣紋様を発案しました。
さらに当時織屋だった菊屋新助が、カナの考えた紋様を織るための高機(たかばた:手織り機のひとつ)を新たに考案します。
作られた絣は、カナの出身地から今出絣と名付けられました。
農民に愛された野良着
1877(明治10)年頃まで、今出絣は伊予一体の需要をカバーする程度でした。
しかし、リーズナブルな伊予かすりは、農民が着る野良着として人気を集めます。
1887年頃には伊予かすりの名前で全国に広まりました。
次第に生産量が増加し、1905(明治38)年には初めて200万反を突破。大正から昭和初期の11年もの間、毎年200万反をキープします。
一般的に反物1反で着物1枚分なので、単純計算で毎年200万着分が生産されていたと考えると、規模の大きさがわかりますね。
1906年には249万反を生産し、伊予かすりは絣の生産量で日本一となりました。
昭和恐慌の煽りを受け現在織り手は2人のみ
大正から昭和初期にかけては、日本各地で洋装化が進んだ時期でした。
1929(昭和4)年に起きた世界恐慌の影響も受け、伊予かすりの衰退が始まります。
太平洋戦争の空襲で一度は生産が途絶えながら、戦後再び立ち上がりましたが、需要減少は止まりません。
ピーク時は年間270万反以上あった生産量も、昭和54年には10万反を割るまで激減します。
2023年4月現在、伊予かすりは1軒の工房で生産されるのみ。
現役の織り手も2人にまで減少し、手織りと機械織りをあわせても、年間の生産量は約60反になりました。
存続の危機に直面し、工房では製造とともに伊予かすりを世の中に広める活動も続けています。
伊予かすりの製造工程
伊予かすりの製造工程は、大きく分けて以下の3つ。
・括り
・染め
・織り
しかし、実際にはもっと細かく工程が分けられています。
ここからは、上記3工程に「整経・製錬・漂白」と「糸巻き」を加え、伊予かすりができるまでを簡単に見ていきましょう。
整経・製錬・漂白
伊予かすりでは、すぐに括り作業に入るわけではありません。まず整経・製錬・漂白を行います。
整経は、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)をそれぞれ必要な数でまとめ、決められた長さに巻く作業です。
不純物を取り除くために苛性ソーダ入りのアルカリ性溶液で煮た(製錬)後、糸を漂白し、水で洗ってから乾燥させます。
上記工程は後の工程をスムーズに行い、仕上がりをよくするための重要な作業です。
括り
デザインに合わせて染めない部分を別の糸(括り糸)で縛っていきます。
括り糸にでんぷん糊がつけられているのは、乾くときつく締まる性質があるためです。
かつては手括りが一般的でしたが、現在は大半を機械で行っています。
染め
括り終わった糸を染めていく工程です。
藍は臼で砕き、木炭や石灰などとともに湯に混ぜて発酵させます。染料を作るのにも、職人の技術と経験が必要な作業です。
染料に浸す回数は約10回。まだらにならないよう見極めながら染め上げます。
糸巻き
染色後、括りをほどかれた糸は、軽く洗って糊づけされた状態で糸巻きの工程に入ります。
糸巻きは、織りの前に行う準備です。機織りに経糸をセットし、緯糸は杼(ひ)と呼ばれる経糸の間を通す管に巻きつけます。
織り
※写真に写っている舟形のものが杼です。
織りには手織りと機械織りの2種類がありますが、原理に違いはありません。
経糸が上下に動いた間を、緯糸の巻かれた杼が左右を行き来することで織られていきます。
織り目を整えるための筬(おさ)の使い方や、経糸を上下に動かす加減によっても仕上がりが左右されるため、熟練した技術と経験が必要です。
時間のかかる複雑な模様も、織り手の根気強さに支えられ、伊予かすりが作られています。
伊予かすりの生産工房見学や体験はできる?
2023年4月現在、伊予かすりを唯一生産する『白方興業』では、工房見学は行っていません。
しかし、運営する『Art Labo KASURI歴史館(民芸伊予かすり会館)』では藍染体験を受け付けています。
自分で染めた作品は愛着もわき、使うたびに旅の思い出がよみがえりますよ。
アクセスのよい立地なので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。
※掲載している情報は、すべて2023年4月現在のものです。
Art Labo KASURI歴史館(民芸伊予かすり会館)
『Art Labo KASURI歴史館』は、伊予かすりを広めたいという思いから白方興業が運営しています。
藍染体験では、ハンカチや手ぬぐいなど4種類から選択可能。
予約は必要ですが、手ぶらで気軽に伝統に触れられるのは嬉しいですね。
館内では基礎知識や歴史も学べ、昔の製品や機織り機も展示。伊予かすり製品だけでなく、愛媛のお土産も購入できます。
松山市中心部に移転して便利になったため、ぜひ訪れたい観光スポットです。
住所 | 愛媛県松山市大街道3丁目8-3 ※Googleマップはこちら |
アクセス | 【車】道後温泉や松山観光港から約15分
【市内電車】大街道駅より徒歩約5分 |
体験内容・料金 | ・ハンカチ : 1,500円 ・レースハンカチ : 2,000円 ・バンダナ : 2,400円 ・手ぬぐい : 3,000円 要予約 所要時間:約1時間 絞り→染め→水洗い→糸解き→完成 |
営業時間 | 9:00~17:00 ただし、体験は9:30~15:30 ※年末年始休業あり |
電話番号 | 089-968-1161 |
白方興業
伊予かすりの伝統を守り伝えている唯一の工房『白方興業』では、残念ながら工房内の見学は行っていません。
しかし、伊予かすりを残すためのさまざまな取り組みを行っています。
和服はもちろん洋服や手提げなど日常使いできる商品を製造。前述の『Art labo KASURI歴史館』以外にも、愛媛のお土産屋さんで購入できます。
2020年には『伊予かすりの魅力を今の時代に編みなおす』をコンセプトに、新たなブランド『ima/oru』を立ち上げました。第一弾の座布団は、通販でも購入が可能です。
時代とともに移り変わるニーズに合わせて新たな商品を展開し、伊予かすり存続のために活動を続けています。
住所 | 愛媛県松山市久万ノ台1171番地1 |
電話番号 | 089-922-0111 |
まとめ
愛媛県松山市で作られている『伊予かすり』。柔らかくて丈夫、さらに豊富な絵柄で農家から愛されてきました。
自宅で洗濯でき、ちょっとしたおでかけや部屋着など、普段着として活躍してくれる着物です。
時代の流れとともに生産元は1軒にまで減少し、存続が危ぶまれています。
200年以上経った今も残っているのは、技術を受け継ぐ職人や織元だけではなく、伊予かすりのよさに惹かれ、買い求めた多くの方がいたからでしょう。
伊予かすりに興味を持ち魅力を知った今こそ、その貴重な着心地を体験し、後世に伝える一人となってみませんか?